・・・だから僕にも信頼しないんだ。こんな絶望があるだろうか。「だけど、このまま、そんな事をしていれば、君の命はありやしないよ。だから医者へ行くとか、お前の家へ連れて行くとか、そんな風な大切なことを訊いてるんだよ」 女はそれに対してこう答え・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・家に遺伝の遺産ある者、又高運にして新に家を成したる者、政府の官吏、会社の役人、学者も医者も寺の和尚も、衣食既に足りて其以上に何等の所望と尋ぬれば、至急の急は則ち性慾を恣にするの一事にして、其方法に陰あり陽あり、幽微なるあり顕明なるあり、所謂・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・そこで医者の許しを得て、少しばかりのいちごを食う事を許されて、毎朝こればかりは闕かした事がなかった。それも町に売っておるいちごは古くていかぬというので、虚子と碧梧桐が毎朝一日がわりにいちご畑へ行て取て来てくれるのであった。余は病牀でそれを待・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ * ホモイが、おとうさんやおっかさんや、兎のお医者さんのおかげで、すっかりよくなったのは、鈴蘭にみんな青い実ができたころでした。 ホモイは、ある雲のない静かな晩、はじめてうちからちょっと出てみました。 南の空を・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・白い上っぱりを着た医者が一人の女の患者を扱っているところだった。「女はどうしても姙娠やお産で歯をわるくするのです。ところが働きながら歯医者へ通うことは時間の都合で不便だから、とうとうわたし達は工場へ歯科診療所をこしらえることにしたんです・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
メーデーからはじまって、五月は国民一般の祝日の多い月だった。憲法記念祭、子供の日、母の日。どれをとっても、それぞれに新しい日本に生きるよろこびとはげましと慰藉とを意味しないものはなかった。そしてそれらすべての心がめざすとこ・・・ 宮本百合子 「鬼畜の言葉」
・・・やさしい愛と慰藉とに欠けている。その心情的な飢渇がいやされなければ、頭脳的にわかったといっても、若い命を傾けつくして生きてゆきにくい。そういう声があるのである。 さらに、複雑な一群の人々の場合がある。今日、自分たちが麗わしい精神の純朴さ・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・すべてのすぐれた文学が、悲劇でさえも、その悲しみのうちに高鳴る一種微妙な美の感覚をつらぬかせていて、与えられるその感動で人が慰藉されるというのは、どういうことなのだろう。 芸術が、現実生活から生まれるものであって、しかも現実のひきうつし・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・こう思って忠利は多少の慰藉を得たような心持ちになった。 殉死を願って許された十八人は寺本八左衛門直次、大塚喜兵衛種次、内藤長十郎元続、太田小十郎正信、原田十次郎之直、宗像加兵衛景定、同吉太夫景好、橋谷市蔵重次、井原十三郎吉正、田中意徳、・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・独り予は医者で、しかも軍医である。そこで世間で我虚名を伝うると与に、門外の見は作と評との別をさえ模糊たらしめて、他は小説家だということになった。何故に予は小説家であるか。予が書いたものの中に小説というようなものは、僅に四つ程あって、それが皆・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
出典:青空文庫