・・・しかもその椅子や机が、みんな古ぼけた物ばかりで、縁へ赤く花模様を織り出した、派手なテエブル掛でさえ、今にもずたずたに裂けるかと思うほど、糸目が露になっていました。 私たちは挨拶をすませてから、しばらくは外の竹藪に降る雨の音を聞くともなく・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・小児三 何だか知らないけれどね、今、向うから来る兄さんに、糸目をつけて手繰っていたんだぜ。画工 何だ、糸を着けて……手繰ったか。いや、怒りやしない。何の真似だい。小児一 兄さんがね、そうやってね、ぶらぶら来た処がね。小児・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・天居は風雅の好事家で、珍書稀本書画骨董の蒐集家として聞えているが、近年殊に椿岳に傾倒して天居の買占が椿岳の相場を狂わして俄に騰貴したといわれるほど金に糸目を附けないで集めたもんで、瞬く間に百数十幅以上を蒐集した。啻だ数量ばかりでなく優品をも・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・で、今でも私の手にかければ何様な紙鳶でも非常に良い紙鳶に仕て見せます、ハハハ。で、糸目の着加減を両かしぎというのにして、右へでも左へでも何方へでも遣りたいと思う方へ紙鳶が傾くように仕た上、近傍に紙鳶が揚って居ると其奴に引からめて敵の紙鳶を分・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ 豪家に生まれた子供が女であったために、ひどく失望した若い者らは、大きな羽子板へ凧のように糸目をつけてかつぎ込んだなどという話さえある。 子供の初節句、結婚の披露、還暦の祝い、そういう機会はすべて村のバッカスにささげられる。そうしな・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・字が読めない中国の女も、必ずそれは巧みであるとされている中華刺繍の一片は、絹の糸のよりかたから、糸目の並べかた、色の配合、すっかりそれはフランスの刺繍と違う。アメリカのドローン・ワアクとも違っている。違うことにある美しさ、美しさ故に世界の心・・・ 宮本百合子 「春桃」
出典:青空文庫