フットボールは、あまり坊ちゃんや、お嬢さんたちが、乱暴に取り扱いなさるので、弱りきっていました。どうせ、踏んだり、蹴ったりされるものではありましたけれども、すこしは、自分の身になって考えてみてくれてもいいと思ったのであります。 し・・・ 小川未明 「あるまりの一生」
・・・ よき物まいらせんとてかの君手さげの内を探りたまいしが、こはいかに宝丹を入れ置きぬと覚えしにと当惑のさまを、貴嬢は見たまいて、いなさまでに候わずとしいて取り繕わんとなしたもうがおかしく、その時もしわが顔に卑下の色の動きたりせば恕したまえ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・――ただ無駄に――第二の精霊 オヤ、若い御仁は何と云いなされた?――同じ事でなやむのじゃとナ? とがめはせぬワ、無理だとも思わぬワ、じゃが、マ、ただながめるだけの事で御あきらめなされと云わねばならん様な様子をあの精女はして居るじゃ。・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・先生様、そっくりでいなさりやす。奥様も順でいなさりやすから昨夜お暇いただいて来やしたのえ、父様も母様も、眼の中さあ入れたいほど様子で居なさる。赤坊のうちは乞食の子さえめんげえもんだっちゅが私でも赤坊の時があったと思やあ不思議な気になりやすな・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ またたってお事が許いて欲しくば偉うお事をお守りなされる神に願うて不死の薬なりいただいてわしの十代あとの皇帝に許いておもらいなされ。王は静かに立ち上って音もなく供人にかこまれて中央の扉のかげに消える、舞台には法王の群一つになる。・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・それでご恩になっていなされたお歴々は皆きょう腹を切ってお供をなさる。おれは下司ではあるが、御扶持を戴いてつないだ命はお歴々と変ったことはない。殿様にかわいがって戴いたありがたさも同じことじゃ。それでおれは今腹を切って死ぬるのじゃ。おれが死ん・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・陛下はお狂いなされたのでございます」 ペルシャの鹿の模様は鎮まった。彫刻の裸像はひとり円柱の傍で光った床の上の自身の姿を見詰めていた。すると、突然、緋の緞帳の裾から、桃色のルイザが、吹きつけた花のように転がり出した。裳裾が宙空で花開いた・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫