・・・の机のうしろに坐り、そして、来た順に並ばせていちいち住所、氏名、年齢、病名をきいて帖面へ控えた。一見どうでもよいことのようだったが、これが妙に曰くありげで、なかなか莫迦に出来ぬ思いつきだった。 お前はおかね婆さんの助手で、もぐさをひねっ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 私はその払戻し用紙に四拾円也としたため、それから通帳の番号、住所、氏名を書き記す。通帳には旧住所の青森市何町何番地というのに棒が引かれて、新住所の北津軽郡金木町何某方というのがその傍に書き込まれていた。青森市で焼かれてこちらへ移って来・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・も一歩進めて、宇品の埠頭に道後旅館の案内がある位でなくちゃだめだ。松山人は実に商売が下手でいかん。」「なるほどこりゃ御城山に登る新道だナ。男も女も馬鹿に沢山上って行くがありゃどういうわけぞナ。」「あれは皆新年官民懇親会に行くのヨ。」「そ・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・甲板から帰って来た人が、大山大将を載せた船は今宇品へ向けて出帆した、と告げた時は誰も皆妬ましく感じたらしい。この船は我船より後れて馬関へはいったのである。殊に第二軍司令部附であった記者は、大山大将が一処に帰ろといわれたのを聴かずに先へ帰って・・・ 正岡子規 「病」
・・・その結果十人足らずの氏名があげられたということであった。「ある回想から」という私の文章のなかで割合くわしくふれているけれども、中野と私とは内務省へ行ってそういう理由のはっきりしない執筆禁止について抗議した。それから、私は、当時、保護観察・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・銅板に墨で住所氏名を書いた見本が並べられている。モーニングを着て老妻をつれた年寄の男が、紋付羽織の案内人にそこへ惰勢的に引こまれている。 小豆島の村にも八十八ヵ所のお札所があり、そこの第一番のお札所を建て直すとき、やっぱりこういう風に、・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・ おととしの十二月二十日すぎに、巣鴨から釈放されて、社会生活にまぎれこんで来た児玉誉士夫、安倍源基らの人々の氏名経歴を思い出して見れば、それにつづく一九四九年の権力が、そのかげにどんな要素をよりつよく含むようになったかということはおのず・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・第二として法廷における証人尋問に対して公判期日において証人尋問することはできないが、これは刑訴第二九九条によりあらかじめ証人の住所、氏名を相手方に知り得る機会を与えなければならない。しかし、証人尋問は重要なことであるので、この度の三鷹事件の・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・アパートメントの入口にはいつも玄関番がいて、若し来客でもあった時には氏名、用向を聞いて書きつけて置きます。それを、帰って来た時に渡して呉れるのですが、あちらでは、約束をして置かないで人を訪問するのは、留守へ出掛けるものと定めて置いてよい位、・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
三月十五日に発行された文学新聞に、無名戦士の墓へ合葬された人々の氏名が発表されていた。そのなかに、譲原昌子という名をみたとき、わたしははげしいショックをうけた。今年の一月十二日に亡くなられたと書いてある。一人の家族もなくて・・・ 宮本百合子 「譲原昌子さんについて」
出典:青空文庫