・・・この花の散る窓の内には内気な娘がたれこめて読み物や針仕事のけいこをしているのであった。自分がこの家にはじめて来たころはようよう十四五ぐらいで桃割れに結うた額髪をたらせていた。色の黒い、顔だちも美しいというのではないが目の涼しいど・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・大きくなるに従って物を知りたがり、卓布にこぼれた水が干上がるとどうなるかなどと聞いた。内気でそして涙脆く、ある時羊が一匹群に離れて彷徨っているのを見て不便がって泣いたりした。記憶がよくて旧約全書の聖歌を暗誦したりした。環境には何ら科学的の刺・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・私に限らず、家の人はみな内気でだめなんですわ。あるだけのものを、どうしても働かしてゆけない運命にできているの。私たちに比べると、世間の人はそれこそしゃあしゃあしたもんや。私なんかそばではらはらするようなことでも平気や」おひろは珍らしく気を吐・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・初めてクララに逢ったときは十二三の小供で知らぬ人には口もきかぬ程内気であった。只髪の毛は今の様に金色であった……ウィリアムは又内懐からクララの髪の毛を出して眺める。クララはウィリアムを黒い眼の子、黒い眼の子と云ってからかった。クララの説によ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・なるほどこの妹はごく内気なおとなしいしかも非常に堅固な宗教家で、我輩はこの女と家を共にするのは毫も不愉快を感じないが、姉の方たる少々御転だ。この姉の経歴談も聞たが長くなるから抜きにして、ちょっと小生の気に入らない点を列挙するならば、第一生意・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・むしろ彼は発育の不十分な、病身で内気で、たとい女のほうから言い寄られたにしても、嫌悪の感を抱くくらいな少年であった。器械体操では、金棒に尻上がりもできないし、木馬はその半分のところまでも届かないほどの弱々しさであった。 安岡は、次から次・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・ 栄三郎の小女お君は、内気に真心をつくしているのがしおらしかった。 一幕目で、朋輩の饒舌に仲間入りもせず、裏からお絹の舞台を一心に見ているところ、お絹が病気になってから、芝居の端にも、心は病床の主人にひかれている素振りが見え、真情に・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・ 阿蘇の山里秋更けて 眺め淋しき冬まぐれ ………… お千代ちゃんは内気らしく、受け口を少しあいて、低い声で歌った。由子は自分の肩をお千代ちゃんの肩にぴったりつけ、顔を上に向け、恍惚と声張り上げてうたった。・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・ そうして少女小説によって頭の大部分は育てられた娘達は涙もろいしとやかな内気な人にはなれましょう。 でも世の中の暗い方に目さとい人になります。 私は斯う云う事を断言します。 学校の教育によって頭が育てられるのは部分で云えば極・・・ 宮本百合子 「現今の少女小説について」
・・・でもあの内気なお佐代さんが、よくあなたにおっしゃったものでございますね」「それでございます。わたくしも本当にびっくりいたしました。子供の思っていることは何から何までわかっているように存じていましても、大違いでございます。お父うさまにお話・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫