・・・病人は暫くうつうつとしていましたが、其処へ弟がやって来ますと、早速その声をききつけて、直ぐ医者へ行って頓服をもらって来てくれと言います。弟が、今頃行っても医者は往診で不在だから駄目だと言っても「さがして呉れ――自転車で――処方箋を貰って来て・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・私もまた、眼帯のために、うつうつ気が鬱して、待合室の窓からそとの椎の若葉を眺めてみても、椎の若葉がひどい陽炎に包まれてめらめら青く燃えあがっているように見え、外界のものがすべて、遠いお伽噺の国の中に在るように思われ、水野さんのお顔が、あんな・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・この僅かなる慰安が珍々先生をして、洋服を着ないでもすむ半日を、唯うつうつとこの妾宅に送らせる理由である。已に「妾宅」というこの文字が、もう何となく廃滅の気味を帯びさせる上に、もしこれを雑誌などに出したなら、定めし文芸即悪徳と思込んでいる老人・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫