・・・よって試に其大略を陳んに、摸写といえることは実相を仮りて虚相を写し出すということなり。前にも述し如く実相界にある諸現象には自然の意なきにあらねど、夫の偶然の形に蔽われて判然とは解らぬものなり。小説に摸写せし現象も勿論偶然のものには相違なけれ・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・はツルゲーネフに非常な尊敬をもってた時だから、ああいう大家の苦心の作を、私共の手にかけて滅茶々々にして了うのは相済まん訳だ、だから、とても精神は伝える事が出来んとしても、せめて形なと、原形のまま日本へ移したら、露語を読めぬ人も幾分は原文の妙・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・そう云うわけですから、わたくし達の手紙はやはりわたくし達の霊をありのままに現していると申してもよろしゅうございましょう。手紙には自分がこうだと思っている通りが出ています。する事や書く事の上を掩っている薄絹は、はたから透かして見にくいと申そう・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・己の喜だの悲だのというものは、本当の喜や悲でなくって、謂わば未来の人生の影を取り越して写したものか、さもなくば本当に味のある万有のうつろな図のようなものであって、己はつまり影と相撲を取っていたので、己の慾という慾は何の味をも知らずに夢の中に・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・その敬神尊王の主義を現したる歌の中に高山彦九郎正之大御門そのかたむきて橋上に頂根突けむ真心たふとをりにふれてよみつづけける吹風の目にこそ見えぬ神々は此天地にかむづまります独楽・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・他集が感情を現し得ざるは感情をありのままに写さざるがためにして、『万葉』がこれを現し得たるはこれをありのままに写したるがためなり。曙覧の歌に曰くいつはりのたくみをいふな誠だにさぐれば歌はやすからむもの「いつはりのたくみ」『古・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・その無邪気な間の抜けた顔は慥かに無慾という事を現して居るので、こいつには大に福を与えてやりたかった。自分が福の神であったら今宵この婆さんの内に往て、そっとその枕もとへ小判の山を積んで置いてやるよ、あしたの朝起きて婆さんがどんなに驚くであろう・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・僕は郡で調べたのをちゃんと写して予察図にして持っていたからほかの班のようにまごつかなかった。けれどもなかなかわからない。郡のも十万分一だしほんの大体しか調ばっ(ていない。猿ヶ石川の南の平地に十時半ころまでにできた。それからは洪積層が旧天王の・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・教師はバケツの中のものを、ズック管の端の漏斗に移して、それから変な螺旋を使い食物を豚の胃に送る。豚はいくら呑むまいとしても、どうしても咽喉で負けてしまい、その練ったものが胃の中に、入ってだんだん腹が重くなる。これが強制肥育だった。 豚の・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・矛盾の多い社会の現象の間では、軽蔑に価する態度が、功利的な価値を現してゆくことも幾多ある。そんなこといったって、あの人はあれで名声も金もえているという場合もあるが、現代の若い女のひとは、人生の評価をそこで終りにしてしまわないだけには人間とし・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
出典:青空文庫