・・・かつ蜜柑は最も長く貯え得るものであるから、食う人も自ら多いわけである。○くだものと余 余がくだものを好むのは病気のためであるか、他に原因があるか一向にわからん、子供の頃はいうまでもなく書生時代になっても菓物は好きであったから、二ヶ月の学・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ 山姥の力餅売る薄かななど戯れつつ力餅の力を仮りて上ること一里余杉樅の大木道を夾み元箱根の一村目の下に見えて秋さびたるけしき仙源に入りたるが如し。 紅葉する木立もなしに山深し 千里の山嶺を攀じ幾片の白雲を踏み砕きて上・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・停車場の前にはバナナだの苹果だの売る人がたくさんいた。待合室は大きくてたくさんの人が顔を洗ったり物を食べたりしている。待合室で白い服を着た車掌みたいな人が蕎麦も売っているのはおかしい。 *船はいま黒い煙を青森の方へ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・その見得るはずの大さは、 〇、〇〇〇一四粍 ですがこれは人によって見えたり見えなかったりするのです。一方、私共の眼に感ずる光の波長は、 〇、〇〇〇七六粍 乃至 〇・・・ 宮沢賢治 「手紙 三」
・・・純粋にそれを味わい得ることは稀だ」その純粋に経験された場合として、愛らしい夏子と村岡と夏子の死が扱われているわけなのだが、今日の時々刻々に私たちの生に登場して来ている愛と死の課題の生々しさ、切実さ複雑さは、それが夏子を殺した自然と一つもので・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・真に女の生活のひろがりのため、高まりのため、世の中に一つの美をももたらそうという念願からでなく、例えば女らしさを喰いものにしてゆく女が、肉体を売る商売ではなく精神を売る商売としてある。 社会のある特殊な時代が今日のような形をとって来ると・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・科学者パストウルの生き方がわれわれを感動させるのは、彼が科学者として人類の幸福に情熱的に直接に結びついて行った、その姿である。現実の人間の苦痛と不幸に面して、パストウルは科学者としての要求から着実に次から次へと害悪を及ぼす細菌との具体的な、・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・こうして置けば、女中がランプの掃除に使って、余って不用になると、屑屋に売るのである。 これは長々とは書いたが、実際二三分間の出来事である。朝日を一本飲む間の出来事である。 朝日の吸殻を、灰皿に代用している石決明貝に棄てると同時に、木・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ そんならどうしてお許しを得るかというと、このたび殉死した人々の中の内藤長十郎元続が願った手段などがよい例である。長十郎は平生忠利の机廻りの用を勤めて、格別のご懇意をこうむったもので、病床を離れずに介抱をしていた。もはや本復は覚束ないと・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ しかし結局、身辺小説といわれているものに優れた作品の多いことは事実であり、またしたがって当然でもあるが、私はたとい愚作であろうとかまわないから、出来得る限り身辺小説は書きたくないつもりである。理由といっては特に目立った何ものもない。た・・・ 横光利一 「作家の生活」
出典:青空文庫