・・・という子供の絵本を一冊買って来て、炬燵にもぐり込んで配給の焼酎でも飲みながら、絵本の説明文に仔細らしく赤鉛筆でしるしをつけたりなんかして、ああ、そのさまが見えるようだ。 このごろ私は、誰にでも底知れぬほど軽蔑されて至当だと思っている。芸・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ときどき怪しからぬ絵本を見つけた。それでも平気な顔して読んでいった。 そのうちに仙術の本を見つけたのである。これを最も熱心に読みふけった。縦横十文字に読みふけった。蔵の中で一年ほども修行して、ようやく鼠と鷲と蛇になる法を覚えこんだ。鼠に・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・そのほかになかなか美しい人形や小箱なども陳列してあったが、いちばん自分の注意をひいたのは児童教育のために編纂された各種の安直な絵本であった。残念ながらわが国の書店やデパート書籍部に並んでいるあの職人仕立ての児童用絵本などとは到底比較にも何も・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・これを飲んだらあれを買ってやるからと云ったような事で、枕元には玩具や絵本が堆くなっていた。少し快くなる頃はもう外へ遊びに出ようとする、それを引き止めるための玩具がまた増した。これが例になって、その後はなんでも少し金目のかかるような欲しい物は・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・「梅暦」をところどころ拾い読みした記憶がある。これらの読み物は自分の五体の細胞の一つずつに潜在していた伝統的日本人をよびさまし明るみへ引き出すに有効であった。「絵本西遊記」を読んだのもそのころであったが、これはファンタジーの世界と超自然の力・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・後者の実例は場末の玩具屋の店頭で見られる安絵本のポンチなどがそれである。そこには尊い真は失われて残るものは虚偽と醜陋な悪趣味だけである。美しい子供の頭にこういうものの影を宿す事は一つの罪悪であらねばならぬ。 私は滑稽という事がここにいわ・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・ずいぶん俗悪な木版刷りではあったが、しかし現代の子供の絵本のあくどい色刷りなどに比較して考えるとむしろ一種稚拙にひなびた風趣のあるものであったようにも思われる。 同じく昔の郷里の夏の情趣と結びついている思い出の売り声の中でも枇杷葉湯売り・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・大弓を提げた偉大の父を真先に、田崎と喜助が二人して、倒に獲物を吊した天秤棒をかつぎ、其の後に清五郎と安が引続き、積った雪を踏みしだき、隊伍正しく崖の上に立現われた時には、私はふいと、絵本で見る忠臣蔵の行列を思出し、ああ勇しいと感じた。然し真・・・ 永井荷風 「狐」
・・・水戸藩邸の最後の面影を止めた砲兵工廠の大きな赤い裏門は何処へやら取除けられ、古びた練塀は赤煉瓦に改築されて、お家騒動の絵本に見る通りであったあの水門はもう影も形もない。 表町の通りに並ぶ商家も大抵は目新しいものばかり。以前この辺の町には・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・その煙の立つような生存の渦のなかで、小さいゴーリキイは、自分のまわりにどんな一冊の絵本ももたなかった。ゴーリキイが、はじめて、本をよむことを学んだのは、彼が十二三歳になってヴォルガ河通いの蒸汽船の皿洗い小僧になってからだった。同じ船に年配の・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
出典:青空文庫