・・・それと同じように、現在の思想家や学者の所説に刺戟された一つの運動が起こったとしても、そしてその運動を起こす人がみずから第四階級に属すると主張したところが、その人は実際において、第四階級と現在の支配階級との私生子にすぎないだろう。 ともか・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・その容色がある男性的の感じを起すのである。あの鼠色の寐惚けたような目を見ては、今起きて出た、くちゃくちゃになった寝牀を想い浮べずにはいられない。あのジャケツの胸を見ては、あの下に乳房がどんな輪廓をしているということに思い及ばずにはいられない・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・男らしい活動が風を起す、その風がすなわち自由の空気である。 内地の大都会の人は、落し物でも探すように眼をキョロつかせて、せせこましく歩く。焼け失せた函館の人もこの卑い根性を真似ていた。札幌の人はあたりの大陸的な風物の静けさに圧せられて、・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・界隈の人々はそもいかんの感を起す。苫家、伏家に灯の影も漏れない夜はさこそ、朝々の煙も細くかの柳を手向けられた墓のごとき屋根の下には、子なき親、夫なき妻、乳のない嬰児、盲目の媼、継母、寄合身上で女ばかりで暮すなど、哀に果敢ない老若男女が、見る・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・その身動きに、鼬の香を芬とさせて、ひょこひょこと行く足取が蜘蛛の巣を渡るようで、大天窓の頸窪に、附木ほどな腰板が、ちょこなんと見えたのを憶起す。 それが舞台へ懸る途端に、ふわふわと幕を落す。その時木戸に立った多勢の方を見向いて、「う・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・「これよ、……あの、瓢箪は何に致すのじゃな。」 その農家の親仁が、「へいへい、山雀の宿にござります。」「ああ、風情なものじゃの。」 能の狂言の小舞の謡に、いたいけしたるものあり。張子の顔や、練稚児。しゅくしゃ結び・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・それにそんな考えを起こすのは、いよいよいけないという最後のときの覚悟です。今おうちではああしてご無事で、そうして河村さんもちゃんとしているのに、女としてあなたから先にそんな料簡を起こすのはもってのほかのことですぞ」 予はなお懇切に浅はか・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・どういう力であったかというに、すなわち植物学を青年の頭のなかへ注ぎ込んで、植物学という学問の Interest を起す力を持った人でありました。それゆえに植物学の先生としては非常に価値のあった人でありました。ゆえに学問さえすれば、われわれが・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・「そんな気を起こすものではない。もしおまえさんが帰ったら、もう二度とここにはこられないだろう。そして、いままでよりか、もっといじめられるだろう……。」と、風はいったのであります。 雲は、また、まりに向かって、「もう、あなたは苦し・・・ 小川未明 「あるまりの一生」
・・・ 今はもうその時の実感を呼び起すだけのナイーヴな神経を失っているし、音楽でも聴かぬ限り、めったと想いだすこともないが、つまらない女から別れ話を持ち出されて、オイオイ泣きだしたのは、あとにもさきにもこの一度きりで、親が死んだ時もこんなにも・・・ 織田作之助 「中毒」
出典:青空文庫