・・・人間も、そこでは、自然と、山の刺戟に血が全身の血管に躍るのだった。 虹吉は――僕の兄だ――そこで女を追っかけまわしていた。僕が、まだ七ツか八ツの頃である。そこで兄は、さきの妻のトシエと、笹の刈株で足に踏抜きをこしらえ、臑をすりむきなどし・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・また、威海衛の大攻撃と支那北洋艦隊の全滅を通信するにあたっては、「余は、今躍る心を抑へて、今日一日の事を誌さんとす」と、はじめている。これによって見ても、独歩が、如何に当時のブルジョアジーの軍国主義的傾向を、そのまゝ反映していたかゞ伺える。・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・俺は急に踊るときのような恰好をして――走り出した。看守が高いところから、俺の方を見た。看守の眼を盗みながら、どの位の用意と時間をかけて、それを作ったのだろう。その一つ一つの動作をしている同志の気持が、そのまゝ俺に来るのだ。 同志は何処に・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・後輩たる者も亦だらしが無く、すっかりおびえてしまって、作品はひたすらに、地味にまずしく、躍る自由の才能を片端から抑制して、なむ誠実なくては叶うまいと伏眼になって小さく片隅に坐り、先輩の顔色ばかりを伺って、おとなしい素直な、いい子という事にな・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・また同じ映画でダンス場における踊る主人公とこれをねらう悪漢との交互的律動的モンタージュもこれと全く同様である。これは二つの画面の接触作用によって観客の心に生ずる反応作用をその自然のリズムに従って誘導して行くのである。それでこのモンタージュの・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・平たく言えばわれわれが自然に踊り回ると同じリズムの音楽でなければ踊る気にもなれず、また踊ろうにも踊られぬわけである。「パリの屋根の下」における律動的要素の著しい場面をあげると、たとえば二度目にアルベールが舗道で前とはちがった第二の歌を歌・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ せんたく屋の場面では物干し場の綱につるしたせんたく物のシャツやパジャマが女を相手に踊るという趣向がある。少しふざけ過ぎたようであまり愉快なものではないが、しかし、これなども映画で見ればこそ、それほどの悪趣味には感ぜられないで、一種のフ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ ジャヴァの影人形の実演はまだ見たことがないが、その効果にはおのずからこの田舎大工の原始的な影人形のそれと似通った点がありそうに思われる。踊る影絵はそれ自身が目的ではなくて、それによって暗示される幻想の世界への案内者をつとめるのであろう・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
フィッシンガー作「踊る線条」と題するよほど変わった映画の試写をするからぜひ見に来ないかとI氏から勧められるままに多少の好奇心に促されて見に行った。プログラムを見ると、第五番「アメリカのフォクストロット」。第八番、デューカー・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・浪がないから竜王の下の岩に躍る白浪の壮観も見えぬ。釣船はそろそろ帆を張って帰り支度をしている。沖の礁を廻る時から右舷へ出て種崎の浜を見る。夏とはちがって人影も見えぬ和楽園の前に釣を垂れている中折帽の男がある。雑喉場の前に日本式の小さい帆前が・・・ 寺田寅彦 「高知がえり」
出典:青空文庫