・・・――ああ、下に浅川の叔母さんが来ているぜ。」 賢造の姿が隠れると、洋一には外の雨の音が、急に高くなったような心もちがした。愚図愚図している場合じゃない――そんな事もはっきり感じられた。彼はすぐに立ち上ると、真鍮の手すりに手を触れながら、・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・すると「王子の叔母さん」と云う或遠縁のお婆さんが一人「ほんとうに御感心でございますね」と言った。しかし僕は妙なことに感心する人だと思っただけだった。 僕の母の葬式の出た日、僕の姉は位牌を持ち、僕はその後ろに香炉を持ち二人とも人力車に乗っ・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・今叔母さんにも電話をかけたんです」「大へんなこと?」「ええ、ですからすぐに来て下さい。すぐにですよ」 電話はそれぎり切れてしまった。僕はもとのように受話器をかけ、反射的にベルの鈕を押した。しかし僕の手の震えていることは僕自身はっ・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・「相撲だよう。叔母さん。」 金三はわざと元気そうに云った。が、良平は震えながら、相手の言葉を打ち切るように云った。「嘘つき! 喧嘩だ癖に!」「手前こそ嘘つきじゃあ。」 金三は良平の、耳朶を掴んだ。が、まだ仕合せと引張らな・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・そこでお敏も、「じゃ叔母さん、また後程。」と挨拶を残して、泰さんと新蔵とを左右にしながら、荒物屋の店を出ましたが、元より三人ともお島婆さんの家の前には足も止めず、もう点々と落ちて来る大粒な雨を蛇の目に受けて、一つ目の方へ足を早めました。実際・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・「実はね、叔母さんが、謂うから、仕方がないように、いっていたけれど、逢いたくッて、実はね、私が。」 といいかかれる時、犬二三頭高く吠えて、謙三郎を囲めるならんか、叱ッ叱ッと追うが聞えつ。 更に低まりたる音調の、風なき夜半に弱々し・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・「あら、叔母さん、そんなことはないわ」「まア、一つさしましょう」と、僕は吉弥に猪口を渡して、「今お座敷は明いているだろうか?」「叔母さん、どう?」「今のところでは、口がかかっておらない」「じゃア、僕がけさのお礼として玉を・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「あまり遅いから、どうなさったのかと思って待っていたのよ。」と、若い上野先生は、にっこりなさいました。「叔母さんのお使いで、どうもすみません。」と、年子はいいました。窓から、あちらに遠くの森の頂が見えるお教室で、英語を先生から習った・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・気じょうぶな叔母さんをつきそいに頼んで、彼女はT町にゆき、そして、病院の門をくぐったのでした。 患者の控え室は、たくさんの人で、いっぱいでした。左右にすわっている人々のようすをきくと、いずれも彼女と同じ病気であるらしいので、いまさら、そ・・・ 小川未明 「世の中のこと」
・・・安子はしばらく喋っていた後、「明日もしうちのお父つぁんに逢ったら、今夜は本郷の叔母さんちへ泊って田舎へ行ったって、そう云って頂戴な」 そう言づけを頼んで、風の中へしょんぼり出て行ったが、足はいつか明神様へ引っ返していた。二度目の明神・・・ 織田作之助 「妖婦」
出典:青空文庫