・・・「寒くなった、私、もう寝るわ。」「御寝なります、へい、唯今女中を寄越しまして、お枕頭もまた、」「いいえ、煙草は飲まない、お火なんか沢山。」「でも、その、」「あの、しかしね、間違えて外の座敷へでも行っていらっしゃりはしない・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・何から何まで御生家の方へ御送りしたんですもの……何物も置かない方が好いなんと仰って……そりゃ、旦那様、御寝衣まで後で私が御洗濯しまして、御蒲団やなんかと一緒に御送りいたしました」 と答えたが、やがて独語でも言うように、「旦那様は今日・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・忘れもしませぬ、二十三日の午剋、尼御台さまは御台所さまをお連れになって御寝所へお見舞いにおいでになりました。私もその時、御寝所の片隅に小さく控えて居りましたが、尼御台さまは将軍家のお枕元にずっといざり寄られて、つくづくとあのお方のお顔を見つ・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・る様子さえもないので年かさの女はそうとそばにすりよって様子をうかがって居たがやがて衣ずれの音を気にしながら元の座に帰って来ていかにも心配そうにうつむいたままで居るので女達は、「どんな御様子でした、御寝になってるんでしょうか」と云うと只女・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・と徳蔵おじにいわれて、オジオジしながら二タ足三足、奥さまの御寝なってるほうへ寄ますと、横になっていらっしゃる奥様のお顔は、トント大理石の彫刻のように青白く、静な事は寝ていらっしゃるかのようでした。僕はその枕元にツクネンとあっけにとられて眺め・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫