・・・と書いているのに、終りの方では「僕」になったりしている。連載物など、前に掲載した分を読み返すか、主要人物の姓名の控えを取って置けば間違いはないのに、それをしないものだから、平気で人名を変えたりしている。それに驚くべきことだが、字引を引いたこ・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・底知れない谷へでも投りこまれたような、身辺いっさいのものの崩落、自分の存在の終りが来たような感じがした。「どうかなすったんですか?」と、お婆さんは私の尋常でない様子を見て、心配そうに言った。「おやじが死んだんだそうです……おやじが死・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ その終わりに近いあるアーベントのことだった。その日私はいつもにない落ちつきと頭の澄明を自覚しながら会場へはいった。そして第一部の長いソナタを一小節も聴き落すまいとしながら聴き続けていった。それが終わったとき、私は自分をそのソナタの全感・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・―― 空は晴れて月が出ていた。尾張町から有楽町へゆく鋪道の上で自分は「奎吉!」を繰り返した。 自分はぞーっとした。「奎吉」という声に呼び出されて来る母の顔付がいつか異うものに代っていた。不吉を司る者――そう言ったものが自分に呼びかけ・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・ 琴はやがて曲を終りて、静かに打ち語らう声のたしかならず聞ゆ。辰弥も今は相対う風色に見入りて、心は早やそこにあらず。折しも障子はさっと開きて、中なる人は立ち出でたるがごとし。辰弥の耳は逸早く聞きつけて振り返りぬ。欄干にあらわれたるは五十・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・うきを犯し、露に伏し雨風に打たるる身の上を守りたまえと祈念し、さてその次にはめでたく帰国するまで幸衛門を初めお絹お常らの身に異変なく来年の夏またあの置座にて夕涼しく団居する中にわれをも加えたまえと祈り終わりてしばしは頭を得上げざりしが、ふと・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・しかし自由を現象界から駆逐して英知的の事柄としたのでは、一般にカントの二元論となり終わり、われわれの意識を超越した英知的性格の行為にわれわれが責任を持つということが無意味になってしまう。 ハルトマンはかかる積極的な規定者がわれわれの意識・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・例えばロシアに於ては、日露戦争の後に千九百五年の××が起り、欧洲大戦の終りに近く、千九百十七年の××が起っている。パリー・コムミュンの例をとって見ても、この事実は肯かれる。プロレタリアートは、その時期を××しなければならぬ。「××××戦・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・ これでこの一条の談は終りであるが、骨董というものに附随して随分種の現象が見られることは、ひとりこの談のみの事ではあるまい。骨董は好い、骨董はおもしろい。ただし願わくはスラリと大枚な高慢税を出して楽みたい。廷珸や正賓のような者に誰しも関・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・かならず終りがなければならぬ。形成されたものは、かならず破壊されねばならぬ。成長する者は、かならず衰亡せねばならぬ。厳密にいえば、万物すべてうまれいでたる刹那より、すでに死につつあるのである。 これは、太陽の運命である。地球およびすべて・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
出典:青空文庫