・・・恋愛はやはり人生の開花であると見るべきだ。女性の造化から与えられているさまざまの霊能が恋愛の本能の開発する時期に同時に目をさまし、生き生きとあらわれてくる。美と力とそしてことに霊の憧憬が恋愛の感情とともにあらわれるということは、面白いまたあ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・じいさんは階下の自分等にあてがわれた四畳半で手持無沙汰に座っていた。「ほいたって、ほかにましな着物いうて有りゃせんがの、……うらのを笑いよるんじゃせに、お前のをじゃって笑いよるわいの。」「うらのはそれでも買うたんじゃぜ。」じいさんは・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・ルーソー其言に従う所謂非開化論なり。 而して先生は古今の記事文中、漢文に於ては史記、邦文では「近松」洋文ではヴォルテールの「シヤル・十二世」を激賞して居た。四 先生の文章は其売れ高より言えば決して偉大なる者ではなかっ・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・私は二階の二部屋を次郎と三郎にあてがい(この兄弟は二人末子は階下にある茶の間の片すみで我慢させ、自分は玄関側の四畳半にこもって、そこを書斎とも応接間とも寝部屋ともしてきた。今一部屋もあったらと、私たちは言い暮らしてきた。それに、二階は明るい・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・日あたりも悪く、風通しも悪く、午後の四時というと階下にある冬の障子はもう薄暗くなって、夏はまた二階に照りつける西日も耐えがたいこんな谷の中の借家にくすぶっているよりか、自分の好きな家でも建て、静かに病後の身を養いたいと考えるような、そういう・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・そうして自分は、その新しい芸術が、世界のどこの国よりも、この日本の国に於いて、最も美事に開花するのだと信じている。君たちと、君たちの後輩が、それを創るようになるだろうと思っている。日本には、明治以来たくさんの作家が出ましたが、一つの創作も無・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・などそれは下劣な事ばかり、大まじめでいって罵り、階下で赤子の泣き声がしたら耳ざとくそれを聞きとがめて、「うるさい餓鬼だ、興がさめる。おれは神経質なんだ。馬鹿にするな。あれはお前の子か。これは妙だ。ケツネの子でも人間の子みたいな泣き方をすると・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・机の上の電話で、階下の帳場へ時間を聞いた。さむらいには時計が無いのである。六時四十分。いまから寝ては、宿の者に軽蔑されるような気がした。さむらいは立ち上り、どてらの上に紺絣の羽織をひっかけ、鞄から財布を取り出し、ちょっとその内容を調べてから・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・蓮の開花に際し、ぽんと音するか、せぬか、大問題、これ、リアルなりや。」「否。」「ナポレオンもまた、風邪をひき、乃木将軍もまた、閨を好み、クレオパトラもまた、脱糞せりとの事実、これこそは君等のいうリアルならむ。」笑って答えず。「更に問わむ、太・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・自分は病気療養のためしばらく滞在する積りだから、階下の七番と札のついた小さい室を借りていた。ちょっとした庭を控えて、庭と桑畑との境の船板塀には、宿の三毛が来てよく昼眠をする。風が吹けば塀外の柳が靡く。二階に客のない時は大広間の真中へ椅子を持・・・ 寺田寅彦 「嵐」
出典:青空文庫