・・・しかれども形容語は句を活動せしめ印象を明瞭ならしむるにはこれを用いて効多し。蕪村は巧みにこれを用い、ことに中七音のうちに簡単なる形容を用うることに長じたり。水の粉やあるじかしこき後家の君尼寺や善き蚊帳垂るゝ宵月夜柚の花や能酒・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 籠の鶉もまだ昼飯を貰わないのでひもじいと見えて頻りにがさがさと籠を掻いて居る。 台所では皿徳利などの物に触れる音が盛んにして居る。 見る物がなくなって、空を見ると、黒雲と白雲と一面に丑寅の方へずんずんと動いて行く。次第に黒雲が・・・ 正岡子規 「飯待つ間」
・・・あしたは日曜だけれども無くならないうちに買いに行こう。僕は国語と修身は農事試験場へ行った工藤さんから譲られてあるから残りは九冊だけだ。四月五日 日南万丁目へ屋根換えの手伝え(にやられた。なかなかひどかった。屋根の上にのぼ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
……ある牛飼いがものがたる第一日曜 オツベルときたら大したもんだ。稲扱器械の六台も据えつけて、のんのんのんのんのんのんと、大そろしない音をたててやっている。 十六人の百姓どもが、顔をまるっきりまっ赤にし・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・ 狐は頭を掻いて申しました。 「へいへい。これからは決していたしません。なんでもおいいつけを待っていたします」 ホモイは言いました。 「そうだ。用があったら呼ぶからあっちへ行っておいで」狐はくるくるまわっておじぎをして向こう・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ それから一月ばかりたって、森じゅうの栗の木に網がかかってしまいますと、てぐす飼いの男は、こんどは粟のようなものがいっぱいついた板きれを、どの木にも五六枚ずつつるさせました。そのうちに木は芽を出して森はまっ青になりました。すると、木につ・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ なるほど遠くから見ると虔十は口の横わきを掻いているか或いは欠伸でもしているかのように見えましたが近くではもちろん笑っている息の音も聞えましたし唇がピクピク動いているのもわかりましたから子供らはやっぱりそれもばかにして笑いました。 ・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
・・・わたくしはそこの馬を置く場所に板で小さなしきいをつけて一疋の山羊を飼いました。毎朝その乳をしぼってつめたいパンをひたしてたべ、それから黒い革のかばんへすこしの書類や雑誌を入れ、靴もきれいにみがき、並木のポプラの影法師を大股にわたって市の役所・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・大小の軍需成金たちは、戦時利得税や、財産税をのがれるために濫費、買い漁りをしているから、インフレーションは決して緩和されない。却って、最近悪化して来ている。いくら、待遇改善しても、月給は物価に追いつく時は決してない。これがインフレーションの・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・、苦しみにより一層豊饒にし、賢くしてくれる恋愛、それから発足した範囲の広い愛の種々相に対して、私共は礼讚せずにはいられませんが、無限な愛の一分野と思われる恋愛ばかりを天地に漲り、それなくしては生きるに甲斐ないと云うもののように考えるのは、不・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
出典:青空文庫