・・・骨董を買う以上は贋物を買うまいなんぞというそんなケチな事でどうなるものか、古人も死馬の骨を千金で買うとさえいってあるではないか。仇十州の贋筆は凡そ二十階級ぐらいあるという談だが、して見れば二十度贋筆を買いさえすれば卒業して真筆が手に入るのだ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・「貞操を金で買うんだよ……」「そんなこと……」「へえそんなこと……」彼もちょっとそう言わさった。「乱暴なお客さんでもなかったら、別になんでもないわ」「フーン。初めての時はどうだった。恐ろしくなかったか?」「そうねえ…・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・内儀「賤しいたって貴方、お米を買うことが出来ませんよ、今日も米櫃を払って、お粥にして上げましたので」七「それは/\苦々しいことで」内儀「そんな事を仰しゃらずに往って入らっしゃいまし」七「じゃア往こう、だが当にしなさんな」・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・では斯うするさ――僕が今、君に尺八を買うだけの金を上げるから粗末な竹でも何でもいい、一本手に入れて、それを吹いて、それから旅をする、ということにしたまえ――兎に角これだけあったら譲って呉れるだろう――それ十銭上げる。」 斯う言って、そこ・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・大な士族邸を借て住んだこと、裏庭には茶畠もあれば竹薮もあったこと、自分で鍬を取って野菜を作ったこと、西洋の草花もいろいろ植えて、鶏も飼う、猫も居る――丁度、八年の間、百姓のように自然な暮しをしたことを話した。 原は聞いて貰う積りで、市中・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・「ええ、はあ買うたるのよの。午に煮ようかと思うんでがんさ。はあじきにお午じゃけに。――食べなんしたことががんすのかいの」「食べるけど、あれは厄介なばかりでしかたがないや」「おいしいものですけれどね」「それはうもうがんすえの。・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・「でもたくさん買うだけのお金がないんですもの」 とおかあさんは言いながらひときわあわれにうなだれました。昔は有り余った財産も今はなけなしになっているのです。 でも子どもが情けなさそうな顔つきになると、おかあさんはその子をひざに抱・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・博士が、花を買うなど、これは、全く、生れてはじめてのことでございます。今夜は、ちょっと調子が変なの。ラジオ、辻占、先夫人、犬、ハンケチ、いろいろのことがございました。博士は、花屋へ、たいへんな決意を以て突入して、それから、まごつき、まごつき・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ここでしばらく飼うと脂気が抜けてしまうそうで、そのさっぱりした味がこの土地に相応しいような気もした。 宿の主人は禿頭の工合から頬髯まで高橋是清翁によく似ている。食後に話しに来て色々面白いことを聞かされた。残雪がまだ消えやらず化粧柳の若芽・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・ 一体私がこの壷を買う事に決定してから取り落してこわしたのだから、別に私の方であやまる必要もなければ、主人も黙って破片を渡せばいいのではなかったかと、今になってみると考えられもする。これはどちらが正当だか私には分らない、とにかくその時は・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
出典:青空文庫