・・・ 水の中に濃硫酸をいれるのに、極めて徐々に少しずつ滴下していれば酸は徐々に自然に水中に混合して大して間違いは起らないが、いきなり多量に流し込むと非常な熱を発生して罎が破れたり、火傷したりする危険が発生する。 汽車や飛行機や電話や無線・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・そしておもしろい事にはその彫刻に現わされたガルダの顔かたちが、わが国の天狗大和尚の顔によほど似たところがあり、また一方ではジャヴァのある魔神によく似ている。またわれわれの子供の時からおなじみの「赤鬼」の顔がジャヴァ、インド、東トルキ・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・翌日は東寺に先祖の一海和尚の墓に参って、室戸岬の荒涼で雄大な風景を眺めたり、昔この港の人柱になって切腹した義人の碑を読んだりしたが、残念ながら鯨は滞在中遂に一匹もとれなくて、ただ珍しい恰好をして五色に彩色された鯨漁船を手帳にスケッチしたりし・・・ 寺田寅彦 「初旅」
・・・夢幻的な間に合わせの仮象を放逐して永遠な実在の中核を把握したと思われる事でなければならない。複雑な因果の網目を枠に張って掌上に指摘しうるものとした事でなければならない。 この新しい理論を完全に理解する事はそう容易な事ではないだろう。アイ・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・後年ケルヴィン卿が化学会の晩餐演説でこの事を引合に出し、レーリー卿は十二歳のときに燐で指を焼いたそうだが、自分は八十二歳のときに全く同じ火傷をしたと云った。 十四歳のとき Harrow に入ったが、二年級になってから胸の病を得て退学した・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・一九〇〇年に、もう一度そこへ行ってこの旧河床の地図を作り、これが昔のタリムの残骸である事を結論した。それからもう一度ロプ・ノールへ行ってよく観察して見ると、水がきわめて浅くそうしてだんだんに沈積物で埋まりつつあるらしく見えた。そこから砂漠を・・・ 寺田寅彦 「ロプ・ノールその他」
・・・ 西鶴の価を思切って低くして考えれば、谷崎君がわたくしを以て西鶴の亜流となした事もさして過賞とするにも及ばないであろう。 江戸時代の文学を見るにいずれの時代にもそれぞれ好んで市井の風俗を描写した文学者が現れている。宝暦以後、文学の中・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・居士は洪川和尚の会下である。そうして家は森の中にある。後は竹藪である。顫えながら飛び込んだ客は寒がりである。 子規と来て、ぜんざいと京都を同じものと思ったのはもう十五六年の昔になる。夏の夜の月円きに乗じて、清水の堂を徘徊して、明かならぬ・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・ こんな夢を見た。 和尚の室を退がって、廊下伝いに自分の部屋へ帰ると行灯がぼんやり点っている。片膝を座蒲団の上に突いて、灯心を掻き立てたとき、花のような丁子がぱたりと朱塗の台に落ちた。同時に部屋がぱっと明かるくなった。 襖の画は・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・家に遺伝の遺産ある者、又高運にして新に家を成したる者、政府の官吏、会社の役人、学者も医者も寺の和尚も、衣食既に足りて其以上に何等の所望と尋ぬれば、至急の急は則ち性慾を恣にするの一事にして、其方法に陰あり陽あり、幽微なるあり顕明なるあり、所謂・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫