・・・ その様子が可哀そうにもならないではないが、僕は友人とともに、出て来た菓子を喰いながら、誇りがおに、昨夜から今朝にかけての滑稽の居残り事件をうち明けた。礼を踏まない渡瀬一家のことは、もう、忘れているということをそれとなく知らせたかったの・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・晩年一部の好書家が斎展覧会を催したらドウだろうと鴎外に提議したところが、鴎外は大賛成で、博物館の一部を貸してもイイという咄があった。鴎外の賛成を得て話は着々進行しそうであったが、好書家ナンテものは蒐集には極めて熱心であっても、展覧会ナゾは気・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・鮨や麺麭や菓子や煎餅が間断なしに持込まれて、代る/″\に箱が開いたかと思うと咄嗟に空になった了った。 誰一人沈としているものは無い。腰を掛けたかと思うと立つ。甲に話しているかと思うと何時の間にか乙と談じている。一つ咄が多勢に取繰返し引繰・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・また或る人たちが下司な河岸遊びをしたり、或る人が三ツ蒲団の上で新聞小説を書いて得意になって相方の女に読んで聞かせたり、また或る大家が吉原は何となく不潔なような気がするといいつつも折々それとなく誘いの謎を掛けたり、また或る有名な大家が細君にで・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・そのときにカーライルは自分の書いたものはつまらないものだと思って人の批評を仰ぎたいと思ったから、貸してやった。貸してやるとその友人はこれを家へ持っていった。そうすると友人の友人がやってきて、これを手に取って読んでみて、「これは面白い本だ、一・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・そして、大事に扱うから、ちょっとあほう鳥を学校へ貸してくれないかと頼みました。男は、あほう鳥をひとり手放すのを気遣って、自分も学校まで先生といっしょについていきました。 こんなことから、男は、多数の生徒らに向かって、昔、南のある町を歩い・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・すると、まもなく、幾百となく、飴チョコのはいっている大きな箱は、その町の菓子屋へ運ばれていったのであります。 空が、曇っていたせいもありますが、町の中は、日が暮れてからは、あまり人通りもありませんでした。天使は、こんなさびしい町の中で、・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・『働かざるものは食うべからず』『彼等麺麭を得る能わざるに、菓子を食うは罪悪なり』これ等の語は、ソヴィエットの標語の如く知られているが、よく、其心持は分るというばかりでなく、身に染みるような気がします。 が、なぜであるか。あまりに人間・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・小揚人足が賑かな節を合せて、船から米俵のような物を河岸倉へ運びこんでいる。晴れきって明るくはあるが、どこか影の薄いような秋の日に甲羅を干しながら、ぼんやり河岸縁に蹲んでいる労働者もある。私と同じようにおおかた午の糧に屈托しているのだろう。船・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・お前さんが明朝出かける時には、何か家の穿物を貸してあげるから。」 上さんはそのまま下駄を持って階下へ降りて行った。たかが屋根代の六銭にしても、まさか穿懸けの日和下駄が用立とうとは思いも懸けなかったが、私はそれでホッと安心してじき睡ついた・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫