・・・ お光は蓐火鉢と気を利かして、茶に菓子に愛相よくもてなしながら、こないだ上った時にはいろいろ御馳走になったお礼や、その後一度伺おう伺おうと思いながら、手前にかまけてつい御無沙汰をしているお詫びなど述べ終るのを待って、媼さんは洋銀の細口の・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・貰ったものだと感謝していたところ、こともあろうに、安二郎はそれを高利で貸したつもりでいたのだ。 豹一は毎朝新聞がはいると、飛びついて就職案内欄を見た。履歴書を十通ばかり書いたが、面会の通知の来たのは一つだけで、それは江戸堀にある三流新聞・・・ 織田作之助 「雨」
・・・の飴玉みたいに、白い菓子袋に入れて、……それでは売れぬのも無理はなかった。 そんな情けない状態ゆえ、その時お前がおれに出会ったのは、いわば地獄に仏全くお前にとっては、運の神だといってもよいくらいだった。 知っての通り、まずおれはお手・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・自然彦根育ちの登勢にはおちりが京塵紙、あんぽんたんが菓子の名などと覚えねばならぬ名前だけでも数えきれぬくらい多かったが、それでも一月たつともう登勢の言葉は姑も嗤えなかった。 一事が万事、登勢の絞る雑巾はすべて乾いていたのだ。姑は中風、夫・・・ 織田作之助 「螢」
・・・笹川は同情して、私に金を貸してくれた。その上に彼は、書きさえすれば原稿を買ってやるという雑誌まで見つけてきてくれた。こうして彼は私を鞭撻してくれたのだ。そして今また今度の会へもぜひ私を出席さして、その席上でいろいろな雑誌や新聞の関係者に紹介・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・その富貴長命という字が模様のように織りこまれた袋の中には、汚れた褞袍、シャツ、二三の文房具、数冊の本、サック、怖しげな薬、子供への土産の色鉛筆や菓子などというものがはいっていた。 さすがに永いヤケな生活の間にも、愛着の種となっていた彼の・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・一寸鏡を貸して下さい」と言います。その時私は、鏡を見せるのはあまりに不愍と思いましたので、鏡は見ぬ方がよかろうと言いますと、平常ならば「左様ですか」と引っ込んで居る人ではなかったのですが、この時は妙に温しく「止しときましょうか」といって、素・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・「信子が寄宿舎へ持って帰るお土産です。一升ほど持って帰っても、じきにぺろっと失くなるのやそうで……」 峻が語を聴きながら豆を咬んでいると、裏口で音がして信子が帰って来た。「貸してくれはったか」「はあ。裏へおいといた」「雨・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・そしてそこここ、西洋菓子の間に詰めてあるカンナ屑めいて、緑色の植物が家々の間から萌え出ている。ある家の裏には芭蕉の葉が垂れている。糸杉の巻きあがった葉も見える。重ね綿のような恰好に刈られた松も見える。みな黝んだ下葉と新しい若葉で、いいふうな・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・そして解した髪の毛の先が触手の恰好に化けて、置いてある鉢から菓子をつかみ、その口へ持ってゆこうとしているのです。が、女はそれを知っているのか知らないのか、あたりまえの顔で前を向いています。――私はそれを見たときいやな気がしました。ところがこ・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
出典:青空文庫