・・・父の死後母は熱心な王党員である司令副官と結婚し、この一家とマリイ・アントワネットのきずなは、アントワネットが断頭台にのぼる前、ロオルの母に自分の髪飾りと耳輪とを形見に与えた程深いものであった。 そのような環境の中に幼時を経た頭の鋭い感傷・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・「全くお蔭を持ちまして心得違を致しませんものですから、凱旋いたしますまで、どの位肩身が広かったか知れません。大連でみんなが背嚢を調べられましたときも、銀の簪が出たり、女の着物が出たりして恥を掻く中で、わたくしだけは大息張でござりました。・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・ 人の知らない遠い片田舎に、今の奥さまが、まだ新嫁でいらしッたころ、一人の緑子を形見に残して、契合た夫が世をお去りなすったので、迹に一人淋しく侘住いをして、いらっしゃった事があったそうです。さすがの美人が憂に沈でる有様、白そうびが露に悩・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫