・・・モラトリアム発表前の十六日、正金銀行で、課長以上の行員たちが殆ど全部現金を五円札に代え、前交易営団総務課長は、二十万円の金を五円札で引き出したという事実である。おそらく、現にその手で事務を取らざるを得なかった同じ銀行の者が、その投書をかいて・・・ 宮本百合子 「人間の道義」
・・・警視庁の特高課長であった毛利基が主事をしていた。毛利基は宮本の関係した党内スパイ摘発事件のとき、スパイを潜入させその活動を指導するための主役の一人であった。はじめて保護観察所によばれたとき、この毛利が鉈豆煙管をさげて出てきて、「どうだね・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・紫地に花鳥を縫いつぶしたはこせこと紙入れをかねて居る様なものだった。お妙ちゃんはそれをそうっと抱きあげてしっかりと抱えながら私の目を見つめて居たが急に「お忘れやはるナ」こう云って狂った様にかんざしのかざりをふるわせて走(けて行ってしまった。・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・文学にまで及んだ家長制について深く考えさせるものがある。 関村つる子、由起しげ子などの人々は、もう久しくつづけて来た文学の勉強の結果を、こんにち発表しはじめている。それほど久しい間婦人の、人間としての社会的発想は、抑えられつづけて来たの・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
・・・ 家長専制の当時のロシアの上流中流社会で、娘が親を矯正することは不可能だった。 ソーニア・コレフスカヤのように、勇敢なインテリゲンツィアの若い婦人たちは、医学を勉強しようとして、科学を勉強するためにさえ家出しなければならなかった。家・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・安倍源基という人ははじめ警視庁の特高課長であり、その次は警視総監になり、次は内務大臣になって、それから企画院に入った人です。その間に日本の私達人民の自由と文化とは、どういう目にあったでしょう。小林多喜二を殺したのは安倍源基とその配下です。岩・・・ 宮本百合子 「平和運動と文学者」
・・・トルストイの世界観の中では、母と子の関係が人間生活に於ける宗教的な道徳的償いという意味をこめて、歴史的には封建的家長制度的な固い絆でくくりつけられている。このことは「アンナ・カレーニナ」にも現れているし、「戦争と平和」の中に、アンドレー老公・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・が、この鋭い刺のあるような緑色の眼をした老人は、一目見たときからゴーリキイの心に本能的な憎みを射込んだと同時に、この祖父を家長といただいて生活する伯父二人とその妻子、祖母さんに母親、職人達という一大家族の日暮しは、幼いゴーリキイにとって悪夢・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ マクシム・ゴーリキイが五つで父に死なれて後、引取られて育った祖父の家の生活は、無知と野蛮と、家長の専制とで、恐るべく苦しいものであった。農奴解放は行われたが、その頃のニージュニ・ノヴゴロドの下層小市民の日常生活の中心では、まだ子供を樺・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・が、この鋭い刺のあるような緑色の眼をした老人は、一目見たときからゴーリキイの心に何か本能的な憎しみを射込んだと同時に、この祖父を家長といただいて生活する伯父二人とその妻子、祖母さんに母親、職人達という一大家族の日暮しの有様は、全く幼いゴーリ・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
出典:青空文庫