・・・ コスモスの花瓶にホンのすこしアスピリンをいれました。ぐったりしたから。利くかしら? もとスウィートピーにアスピリンをやったら、すっかり花が上を向いて紙細工のようになってうんざりしたことがあった。 この頃の小説の題は皆一凝りも二凝り・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 農村で外国貨幣を見ることはない。農民はちょっとでも様子の違う金に対しては極度に警戒的なのだ。「目をくぼませ、埃まみれになりながら何処へかかけて行く人々で廊下は一杯だった。ある室の戸があいていた。そこでは床へ直かに何人かが眠ってた。・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・色とりどり実にふんだんな卓上の盛花、隅の食器棚の上に並べられた支那焼花瓶、左右の大聯。重厚で色彩が豊富すぎる其食堂に坐った者とては、初め私達二人の女ぎりであった。人間でないものが多すぎる。其故、花や陶器の放つ色彩が、圧迫的に曇天の正午を生活・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・棚には、紅釉薬の支那大花瓶が飾ってある。その上、まだ色彩の足りないのを恐れるかのように、食卓の一つ一つに、躑躅、矢車草、金蓮花など、一緒くたに盛り合わせたのが置いてある。年寄の、皺だらけで小さい給仕が、出て来た。空腹ではあったし、料理は決し・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・十七世紀の新陸地発見時代のイスパニアの貨幣にはジブラルタルの図案が鋳出されている下に Plus ultraと刻まれていたと、この著者は語っている。この本は、今日の歴史のものに対する、私たちの健全な愛着と奮闘心とを呼びさます熱量をはらんでいる・・・ 宮本百合子 「新島繁著『社会運動思想史』書評」
・・・ 一生懸命で経済学原理、万国貨幣制度、憲法などを研究しました。 学校を卒業すると、彼女は希望通りミスタ・シムコックスと云う人の秘書役として、事務所に通うことになりました。 一週二十五志の月給で、ちゃんと一人前に出勤し、自分の力で・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・某が刀は違棚の下なる刀掛に掛けあり、手近なる所には何物も無之故、折しも五月の事なれば、燕子花を活けありたる唐金の花瓶を掴みて受留め、飛びしざりて刀を取り、抜合せ、ただ一打に相役を討果たし候。 かくて某は即時に伽羅の本木を買取り、杵築へ持・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・といらえつつ、二足三足つきてゆけば、「かしこなる陶物の間見たまいしや、東洋産の花瓶に知らぬ草木鳥獣など染めつけたるを、われに釈きあかさん人おん身のほかになし、いざ」といいて伴いゆきぬ。 ここは四方の壁に造りつけたる白石の棚に、代々の君が・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・机の上の果物、花瓶、草花。あるいは庭に咲く日向葵、日夜我らの親しむ親や子供の顔。あるいは我らが散歩の途上常に見慣れた景色。あるいは我々人間の持っているこの肉体。――すべて我々に最も近い存在物が、彼らに対して、「そこに在ることの不思議さ」を、・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫