広東に生れた孫逸仙等を除けば、目ぼしい支那の革命家は、――黄興、蔡鍔、宋教仁等はいずれも湖南に生れている。これは勿論曾国藩や張之洞の感化にもよったのであろう。しかしその感化を説明する為にはやはり湖南の民自身の負けぬ気の強いことも考えな・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・後に母の母が同棲するようになってからは、その感化によって浄土真宗に入って信仰が定まると、外貌が一変して我意のない思い切りのいい、平静な生活を始めるようになった。そして癲癇のような烈しい発作は現われなくなった。もし母が昔の女の道徳に囚れないで・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・しかし我々は、それとともにある重大なる誤謬が彼の論文に含まれているのを看過することができない。それは、論者がその指摘を一の議論として発表するために――「自己主張の思想としての自然主義」を説くために、我々に向って一の虚偽を強要していることであ・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・これによって僕は宗教の感化力がその教義のいかんよりも、布教者の人格いかんに関することの多いという実際を感じ得た。 僕が迷信の深淵に陥っていた時代は、今から想うても慄然とするくらい、心身共にこれがために縛られてしまい、一日一刻として安らか・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・怪しい小男は、段を昇切った古杉の幹から、青い嘴ばかりを出して、麓を瞰下しながら、あけびを裂いたような口を開けて、またニタリと笑った。 その杉を、右の方へ、山道が樹がくれに続いて、木の根、岩角、雑草が人の脊より高く生乱れ、どくだみの香深く・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ その時尉官は傲然として俯向けるお通を瞰下しつつ、「吾のいうことには、汝、きっと従うであろうな。」 此方は頭を低れたるまま、「いえ、お従わせなさらなければ不可ません。」 尉官は眉を動かしぬ。「ふむ。しかし通、吾を良人・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・、欧人の晩食の風習や日本の茶の湯は美食が唯一の目的ではないは誰れも承知して居よう、人間動作の趣味や案内の装飾器物の配列や、応対話談の興味や、薫香の趣味声音の趣味相俟って、品格ある娯楽の間自然的に偉大な感化を得るのであろう加うるに信仰の力と習・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ だが、極めて神経質で、学徳をも人格をも累するに足らない些事でも決して看過しなかった。十数年以往文壇と遠ざかってからは較や無関心になったが、『しがらみ草紙』や『めざまし草』で盛んに弁難論争した頃は、六号活字の一行二行の道聴塗説をさえも決・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・恩師の食道楽に感化された乎、将た天禀の食癖であった乎、二葉亭は食通ではなかったが食物の穿議がかなり厳ましかった。或る時一緒に散策して某々知人を番町に尋ねた帰るさに靖国神社近くで夕景となったから、何処かで夕飯を喰おうというと、この近辺には喰う・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・その紛々たる群議を排して所信を貫ぬいたのは井侯の果敢と権威とがなければ出来ない事であって、これもまた芸術を尊重する欧米文明の感化であったろう。 劇を文化の重要件として演劇改良が初めて提言されたのもまた当時であった。陛下の天覧が機会となっ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
出典:青空文庫