・・・日本人が書いたのでは、七十八日遊記、支那文明記、支那漫遊記、支那仏教遺物、支那風俗、支那人気質、燕山楚水、蘇浙小観、北清見聞録、長江十年、観光紀游、征塵録、満洲、巴蜀、湖南、漢口、支那風韻記、支那――編輯者 それをみんな読んだのですか?・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・話題は多分刊行中の長塚節全集のことだったであろう。島木さんは談の某君に及ぶや、苦笑と一しょに「下司ですなあ」と言った。それは「下」の字に力を入れた、頗る特色のある言いかただった。僕は某君には会ったことは勿論、某君の作品も読んだことはない。し・・・ 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
・・・粟野さんはいかにも長者らしい寛厚の風を具えている。保吉は英吉利語の教科書の中に難解の個所を発見すると、必ず粟野さんに教わりに出かけた。難解の、――もっとも時間を節約するために、時には辞書を引いて見ずに教わりに出かけたこともない訣ではない。が・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・屋根の下の観光は、瑞巌寺の大将、しかも眇に睨まれたくらいのもので、何のために奥州へ出向いたのか分らない。日も、懐中も、切詰めた都合があるから、三日めの朝、旅籠屋を出で立つと、途中から、からりとした上天気。 奥羽線の松島へ戻る途中、あの筋・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・が、地方としては、これまで経歴ったそこかしこより、観光に価値する名所が夥い、と聞いて、中二日ばかりの休暇を、紫玉はこの土地に居残った。そして、旅宿に二人附添った、玉野、玉江という女弟子も連れないで、一人で密と、……日盛もこうした身には苦にな・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・――宵に受持の女中に聞くと、ひきつづき二十日余りの間団体観光の客が立てつけて毎日百人近く込合ったそうである。そこへ女中がやっと四人ぐらいだから、もし昨日にもおいでだと、どんなにお気の毒であったか知れない。すっかり潮のように引いたあとで、今日・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・忙しい観光団さ。」「緩り居なされば可いに――では、またじきに来なさいよ。」 と、真顔で言った。 客はその言に感じたように、「勿論来ようが、その時、姐さんは居なかろう。」「あれ、何でえ?……」「お嫁に行くから。」 ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ というのがね、先刻お前さんは、連にはぐれた観光団が、鼻の下を伸ばして、うっかり見物している間抜けに附合う気で、黙ってついていてくれたけれど、来がけに坂下の小路中で、あの提灯屋の前へ、私がぼんやり突立ったろう。 場所も方角も、まるで・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・最後のペテルスブルグ生活は到着早々病臥して碌々見物もしなかったらしいが、仮に健康でユルユル観光もし名士との往来交歓もしたとしても二葉亭は果して満足して得意であったろう乎。二葉亭は以前から露西亜を礼讃していたのではなかった。来て見れば予期以上・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・ 初年兵の後藤が束ねた枯木を放り出して、頭をあげるか、あげないうちに、犬の群は突撃を敢行する歩兵部隊のように三人をめがけて吠えついてきた。浜田は、すぐ銃を取った。川井と、後藤とは帯剣を抜いた。小牛のように大きい、そして闘争的な蒙古犬は、・・・ 黒島伝治 「前哨」
出典:青空文庫