・・・ 岩波書店主茂雄君のお母さんは信濃の田舎で田畑を耕し岩波君の学資を仕送りした。たまに上京したとき岩波君がせめて東京見物させようと思っても、用事がすむとさっさと帰郷してしまった。息子を勉強させたいばかりに働いていたのだ。そして岩波君が志操・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・「豚を十匹ほど飼うたら、子供の学資くらい取られんこともないんじゃがな、……何にせ、ここじゃ、貧乏人は上の学校へやれんことにしとるせに、奉公にやったと云うとかにゃいかんて。」と、叔父は繰り返した。 おきのは、叔父の注意に従って、息子の・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・息子を農林学校へやる学資とするためだ。小作人から、自作農に成り上って行こうと、あがいている者も僕の親爺一人に止まらなかった。 又、S町の近くに田を持っていたあの松茸番の卯太郎は、一方の分を製薬会社の敷地に売って五千円あまりの金を握った。・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
一 為吉とおしかとが待ちに待っていた四カ年がたった。それで、一人息子の清三は高等商業を卒業する筈だった。両人は息子の学資に、僅かばかりの財産をいれあげ、苦労のあるだけを尽していた。ところが、卒業まぎわにな・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・ところが、卒業まぎわになって、清三は高商が大学に昇格したのでもう一年在学して学士になりたいと手紙で云ってきた。またしても、おしかの愚痴が繰り返された。「うらア始めから、尋常を上ったら、もうそれより上へはやらん云うのに、お前が無理にやるせ・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・わたしはその前を往ったり来たりして、曾て朝顔狂と言われたほどこの花に凝った鮫島理学士のことを思い出す。手長、獅子、牡丹なぞの講釈を聞かせて呉れたあの理学士の声はまだわたしの耳にある。今度わたしはその人の愛したものを自分でもすこしばかり植えて・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・ その日、高瀬は始めて広岡理学士に紹介された。上田町から汽車で通って来るという。高瀬から見れば親と子ほども年の違った学者だ。「高瀬さんは三年という御約束で、私共の塾へ来て下さいました」 先生は今度雇い入れた新教員のことを学士に話・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・AMADEUS HOFFMANN 路易第十四世の寵愛が、メントノン公爵夫人の一身に萃まって世人の目を驚かした頃、宮中に出入をする年寄った女学士にマドレエヌ・ド・スキュデリイと云う人があった。「労働」KARL SCHOENHERR・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・家の様子をみにきたぼくは姉に掴りました。学資がなく学校も止めさせられ、ぼくは義兄の世話で月給十八円で或る写真工場につとめに出ました。母と共に二間の長屋に住んで。――ぼくは直ちに職場に組織を作り、キャップとなり、仕事を終えると、街で上の線と逢・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・小学校を出たきりと言っても、教養の点では大学出の学士と、ちっとも変るところございませぬ。レコオドだって、ずいぶん趣味のいいのを集めていらっしゃるし、私がいちども名前を聞いたことさえない外国の新しい小説家の作品を、仕事のあいまあいまに、熱心に・・・ 太宰治 「皮膚と心」
出典:青空文庫