・・・何とは知らず周囲の草の中で、がさがさ音がして犬の沾れて居る口の端に這い寄るものがある。木の上では睡った鳥の重りで枯枝の落ちる音がする。近い街道では車が軋る。中には重荷を積んだ車のやや劇しい響をさせるのもある。犬の身の辺には新らしいチャンの匂・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・肩も脛も懐も、がさがさと袋を揺って、「こりゃ、何よ、何だぜ、あのう、己が嫁さんに遣ろうと思って、姥が店で買って来たんで、旨そうだから、しょこなめたい。たった一ツだな。みんな嫁さんに遣るんだぜ。」 とくるりと、はり板に並んで向をかえ、・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・令夫人は、駒下駄で圧えても転げるから、褄をすんなりと、白い足袋はだし、それでも、がさがさと針を揺り、歯を剥いて刎ねるから、憎らしい……と足袋もとって、雪を錬りものにしたような素足で、裳をしなやかに、毬栗を挟んでも、ただすんなりとして、露に褄・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・――がさがさと遣っていると、目の下の枝折戸から――こんな処に出入口があったかと思う――葎戸の扉を明けて、円々と肥った、でっぷり漢が仰向いて出た。きびらの洗いざらし、漆紋の兀げたのを被たが、肥って大いから、手足も腹もぬっと露出て、ちゃんちゃん・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・……ああ、上のその木戸はの、錠、鍵も、がさがさと壊れています。開けたままで宜しい。あとで寺男が直しますでの。石段が欠けて草蓬々じゃ、堂前へ上らっしゃるに気を着けなされよ。」 この卵塔は窪地である。 石を四五壇、せまり伏す枯尾花に鼠の・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 枝折戸の外を、柳の下を、がさがさと箒を当てる、印半纏の円い背が、蹲まって、はじめから見えていた。 それには差構いなく覗いた女が、芸者の姿に、密と、直ぐに障子を閉めた。 向直った顔が、斜めに白い、その豌豆の花に面した時、眉を開い・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・西側の山路から、がさがさ笹にさわる音がして、薪をつけた馬を引いて頬冠の男が出て来た。よく見ると意外にも村の常吉である。この奴はいつか向うのお浜に民子を遊びに連れだしてくれと頻りに頼んだという奴だ。いやな野郎がきやがったなと思うていると、・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・頭の上を風の吹き過ぎるごとに、楢の枯れ葉の磨れ合う音ががさがさとするばかり。元来この楢はあまり風流な木でない。その枝は粗、その葉は大、秋が来てもほんのりとは染まらないで、青い葉は青、枯れ葉は枯れ葉と、乱雑に枝にしがみ着いて、風吹くとも霜降る・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・もしそれが木葉落ちつくしたころならば、路は落葉に埋れて、一足ごとにがさがさと音がする、林は奥まで見すかされ、梢の先は針のごとく細く蒼空を指している。なおさら人に遇わない。いよいよ淋しい。落葉をふむ自分の足音ばかり高く、時に一羽の山鳩あわただ・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・適当な傾きに光を反射させて見た時に一方のはなんとなくがさがさした感じを与えるが、一方は油でも含んだような柔かい光沢を帯びている。これは刻まれた線の深さにもよる事ではあろうが、ともかくもレコードの発する雑音の多少がこの光沢の相違と密接な関係の・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
出典:青空文庫