・・・ 立花は目よりもまず気を判然と持とうと、両手で顔を蔽う内、まさに人道を破壊しようとする身であると心付いて、やにわに手を放して、その手で、胸を打って、がばと眼を開いた。 なぜなら、今そうやって跪いた体は、神に対し、仏に対して、ものを打・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・(お雪や、これは嫉妬で狂死をした怨念と申しましてね、お神さんは突然袖を捲って、その怨念の胸の処へ手を当てて、ずうと突込んだ、思いますと、がばと口が開いて、拳が中へ。」 と言懸けました、声に力は籠りましたけれども、体は一層力無げに、幾・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・たしかに肩を蹴った筈なのに、お慶は右の頬をおさえ、がばと泣き伏し、泣き泣きいった。「親にさえ顔を踏まれたことはない。一生おぼえております」うめくような口調で、とぎれ、とぎれそういったので、私は、流石にいやな気がした。そのほかにも、私はほとん・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・否定も肯定もない、ただ、大きな大きなものが、がばと頭からかぶさって来たようなものだ。そして私を自由に引きずりまわしているのだ。引きずられながら満足している気持と、それを悲しい気持で眺めている別の感情と。なぜ私たちは、自分だけで満足し、自分だ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・ 来たな、とがばと跳ね起き、「とおして呉れ。」 電燈が、ぼっと、ともっていた。障子が、浅黄色。六時ごろでもあろうか。 私は素早く蒲団をたたみ押入れにつっこんで、部屋のその辺を片づけて、羽織をひっかけ、羽織紐をむすんで、それか・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・とウィリアムは烏の羽の様な滑かな髪の毛を握ってがばと跳ね起る。中庭の隅では鉄を打つ音、鋼を鍛える響、槌の音やすりの響が聞え出す。戦は日一日と逼ってくる。 その日の夕暮に一城の大衆が、無下に天井の高い食堂に会して晩餐の卓に就いた時、戦の時・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・彼は足に纏わる絹の夜具を蹴りつけた。「余は、余は」 彼は張り切った綱が切れたように、突如として笑い出した。だが、忽ち彼の笑声が鎮まると、彼の腹は獣を入れた袋のように波打ち出した。彼はがばと跳ね返った。彼の片手は緞帳の襞をひっ攫んだ。・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫