・・・これを米屋の番頭から聞きこんだあるはしっこい女は、じゃ、うちにある外米を売ってあげよう、うんと安くしてあげてもかまわないから、と云いだした。 往復一里もあるその部落へその女は負い籠を背負って行ったそうだが、結果がどうなったかは帰って来て・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・ 四 なお、新しい帝国主義戦争の危機――即ち、三ツの帝国主義ブルジョアジーが××の××的分割をやろうとしていることゝ共に、ソヴェート・ロシアに対する他のもろ/\の帝国主義国家が衝突しようとする危機も迫りつゝあること・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・ やっと危機は持ちこたえて通り越した。しかし、清三は久しく粥と卵ばかりを食っていなければならなかった。家の鶏が産む卵だけでは足りなくって、おしかは近所へ買いに行った。端界に相場が出るのを見越して持っていた僅かばかりの米も、半ばは食ってし・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・雁坂を越して峠向うの水に随いてどこまでも下れば、その川は東京の中を流れている墨田川という川になる川だから自然と東京へ行ってしまうということを聞きかじっていたので、何でも彼嶺さえ越せばと思って、前の月のある朝酷く折檻されたあげくに、ただ一人思・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・過多等の不自然なる原因から誘致した病気の為めに、其天寿の半にだも達せずして紛々として死に失せるのである、独り病気のみでない、彼等は餓死もする、凍死もする、溺死する、焚死する、震死する、轢死する、工場の器機に捲込れて死ぬる、鉱坑の瓦斯で窒息し・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ 母親はたった一言も聞き洩さないように聞いていた。――それから二人は人前もはゞからずに泣出してしまった。 * それから半年程して、救援会の女の人が、田舎から鉛筆書きの手紙を受取った――それはお安が書いた手紙だった・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・しもことごとくこのあたりの溝へ放棄り経綸と申すが多寡が糸扁いずれ天下は綱渡りのことまるまる遊んだところが杖突いて百年と昼も夜ものアジをやり甘い辛いがだんだん分ればおのずから灰汁もぬけ恋は側次第と目端が利き、軽い間に締りが附けば男振りも一段あ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・はぎりぎり決着ありたけの執心をかきむしられ何の小春が、必ずと畳みかけてぬしからそもじへ口移しの酒が媒妁それなりけりの寝乱れ髪を口さがないが習いの土地なれば小春はお染の母を学んで風呂のあがり場から早くも聞き伝えた緊急動議あなたはやと千古不変万・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・町の空で、子供の泣き声やけんかする声でも聞きつけると、私はすぐに座をたった。離れ座敷の廊下に出てみた。それが自分の子供の声でないことを知るまでは安心しなかった。 私のところへは来客も多かった。ある酒好きな友だちが、この私を見に来たあとで・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・今はそれが利きません。そこへ出すものは、何でも正味の料理だけなんですからね。料理人は骨が折れますよ」「きまったお客さんはおもに京橋時代からの店のお得意です」と新七も母に言って見せた。「時節が時節ですから、皆さんの来易いようにして、安・・・ 島崎藤村 「食堂」
出典:青空文庫