・・・二郎まず入りてわれこれに続きぬ、貴嬢の姿わが目に入りし時はすでに遅かりき、われら乗りかうるひまもなく汽車は進行を始めたり。 貴嬢の目と二郎が目と空にあいし時のさまをわれいつまでか忘るべき、貴嬢は微かにアと呼びたもうや真蒼になりたまいぬ、・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・から小ザッぱりした和服のほうがよさそうに思われるけれども、あいにくと二人とも一度は洋行なるものをして、二人とも横文字が読めて、一方はボルテーヤとか、ルーソーとか、一方はラファエルとかなんとか、もし新聞記者ならマコーレーをお題目としたことのあ・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・ 大河今蔵の日記は以上にて終りぬ。彼は翌日誤って舟より落ち遂に水死せるなり。酔に任せ起って躍りいたるに突然水の面を見入りつ、お政々々と連呼してそのまま顛落せるなりという。 記者去年帰省して旧友の小学校教員に会う、この日記は彼の手に秘・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 私の知ってるある文筆夫人に、女学校へも行かなかった人だが、事情あって娘のとき郷里を脱け出て上京し、職業婦人になって、ある新聞記者と結婚し、子どもを育て、夫を助けて、かなり高い社会的地位まで上らせ、自分も独学して、有名な文筆夫人になって・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・女優や、音楽家や、画家、小説家のような芸術的天分ある婦人や、科学者、女医等の科学的才能ある婦人、また社会批評家、婦人運動実行家等の社会的特殊才能ある婦人はいうまでもなく、教員、記者、技術家、工芸家、飛行家、タイピストの知能的職業方面への婦人・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・…… 丘の左側には汽車が通っていた。 河があった。そこには、まだ氷が張っていた。牛が、ほがほがその上を歩いていた。 右側には、はてしない曠野があった。 枯木が立っていた。解けかけた雪があった。黒い烏の群が、空中に渦巻いていた・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 記者は、なお、兵士たちを見まわしつゞけた。 兵士たちは、お互いに顔を見合わして黙っていた。記者は開けたばかりの慰問袋や、その中味や、子供の手紙にどんなことが書いてあるか、そういうことをたずねるのだった。兵士たちは、やはり、お互いに・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 国木田独歩は、明治二十七八年の戦争の際、国民新聞の従軍記者として軍艦千代田に乗組んでいた。その従軍通信のはじめの方に、「余に一個の弟あり。今国民新聞社に勤む。去んぬる十三日、相携へて京橋なる新聞社に出勤せり。弟余を顧みて曰く、秀吉・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・こそ白雲の風に漂い、秋葉の空に飄るが如くに、ぶらりぶらりとした身の中に、もだもだする心を抱きながら、毛繻子の大洋傘に色の褪せた制服、丈夫一点張りのボックスの靴という扮装で、五里七里歩く日もあれば、また汽車で十里二十里歩く日もある、取止めのな・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・が、すくなくとも、今日の社会、東洋第一の花の都には、地上にも空中にも、おそるべき病菌が充満している。汽車・電車は毎日のように衝突したり、人をひいたりしている。米と株券と商品の相場は、刻々に乱高下している。警察・裁判所・監獄は、多忙をきわめて・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
出典:青空文庫