・・・光代は傍に聞いていたりしが、それでもあの綱雄さんは、もっと若くって上品で、沈着いていて気性が高くって、あの方よりはよッぽどようござんすわ。と調子に確かめて膝押し進む。ホイ、お前の前で言うのではなかった。と善平は笑い出せば、あら、そういうわけ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・入学せしことなければ、育児学など申す学問いたせしにもあらず、言わば昔風の家に育ちしただの女が初めて子を持ちしまでゆえ、無論小児を育てる上に不行き届きのこと多きに引き換え、母上は例の何事も後へは退かぬご気性なるが上に孫かあいさのあまり平生はさ・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・「いったいこの男はどうしたのだろう、五年見ない間に全然気象まで変って了った」 驚き給うな源因がある。第一、日記という者書いたことのない自分がこうやって、こまめに筆を走らして、どうでもよい自分のような男の身の上に有ったことや、有ることを、・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・現に自分の気性と母及び妹の気象とは全然異っている。然し父には十の年に別れたのであるから、父の気象に自分が似て生れたということも自分には解らない。かすかに覚えているところでは父は柔和い方で、荒々しく母や自分などを叱ったことはなかった。母に叱ら・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ お源は負けぬ気性だから、これにはむっとしたが、大庭家に於けるお徳の勢力を知っているから、逆らっては損と虫を圧えて「まアそれで勘弁しておくれよ。出入りするものは重に私ばかりだから私さえ開閉に気を附けりゃア大丈夫だよ。どうせ本式の盗棒・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ 細川は直ちに起って室を出ると、突伏して泣いていた梅子は急に起て玄関まで送って来て、「貴下何卒父の言葉を気になさらないで……御存知の通りな気性で御座いますから!」とおろおろ声で言った。「イイエ決して気には留めません、何卒先生を御・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・勇猛心というよりか、敢為の気象といったほうがよかろう。すなわち一転すれば冒険心となり、再転すれば山気となるのである。現に彼の父は山気のために失敗し、彼の兄は冒険のために死んだ。けれども正作は西国立志編のお蔭で、この気象に訓練を加え、堅実なる・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・それは時に山の気象で以て何かの形が見えることもあるものでありますが、とにかく今のさきまで生きておった一行の者が亡くなって、そうしてその後へ持って来て四人が皆そういう十字架を見た、それも一人二人に見えたのでなく、四人に見えたのでした。山にはよ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・しかし思いのほかに目鼻立の整った、そして怜悧だか気象が好いか何かは分らないが、ただ阿呆げてはいない、狡いか善良かどうかは分らないが、ただ無茶ではない、ということだけは読取れた。 少し気の毒なような感じがせぬではなかったが、これが少年でな・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ 俺だちはお互に起床のときと、就寝のときと、飛行機が来たときと、元気なときと、クシャンとしたときと、そして「われ/\の旗日」のときに壁を打ち合った。――ブルジョワ階級が色んな「旗日」を持っているのと同様に、もはや今では日本のプロレタリア・・・ 小林多喜二 「独房」
出典:青空文庫