・・・それに比べると次郎は、私の甥を思い出させるような人なつこいところと気象の鋭さとがあった。この弟のほうの子供は、宿屋の亭主でもだれでもやりこめるほどの理屈屋だった。 盆が来て、みそ萩や酸漿で精霊棚を飾るころには、私は子供らの母親の位牌を旅・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 高瀬も佇立って、「畢竟、よく働くから、それでこう女の気象が勇健いんでしょう」「そうです。働くことはよく働きますナ……それに非常な質素なところだ……ですけれど、高瀬さん、チアムネスというものは全くこの辺の娘に欠けてますネ」 子安・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・働き者だとか、気性勝りだとか言われて、男と戦おうとばかりするような毅然した女よりも、反って涙脆い、柔軟な感じのする人の方が好ましい。快活であれば猶好い。移り気も一概には退けられない。不義する位のものは、何処かに人の心を引く可懐みもある。ああ・・・ 島崎藤村 「刺繍」
徳富猪一郎君は肥後熊本の人なり。さきに政党の諸道に勃興するや、君、東都にありて、名士の間を往来す。一日余の廬を過ぎ、大いに時事を論じ、痛歎して去る。当時余ひそかに君の気象を喜ぶ。しかるにいまだその文筆あるを覚らざるなり。・・・ 田口卯吉 「将来の日本」
・・・何せ、あのような、変った気象の人なので」 と言いかけて、言葉がつまり、落涙しました。「奥さん。まことに失礼ですが、いくつにおなりで?」 と男のひとは、破れた座蒲団に悪びれず大あぐらをかいて、肘をその膝の上に立て、こぶしで顎を支え・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・マルタの妹のマリヤは、姉のマルタが骨組頑丈で牛のように大きく、気象も荒く、どたばた立ち働くのだけが取柄で、なんの見どころも無い百姓女でありますが、あれは違って骨も細く、皮膚は透きとおる程の青白さで、手足もふっくらして小さく、湖水のように深く・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・たいてい私は八時前に起床するのだが、大隅君のお相手をして少し朝寝坊したのだ。大隅君は、なかなか起きない。十時頃、私は私の蒲団だけさきに畳む事にした。大隅君は、私のどたばた働く姿を寝ながら横目で見て、「君は、めっきり尻の軽い男になったな。・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ B 尾上てるは、含羞むような笑顔と、しなやかな四肢とを持った気性のつよい娘であった。浅草の或る町の三味線職の長女として生れた。かなりの店であったが、てるが十三の時、父は大酒のために指がふるえて仕事がうまく出来・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ と、橋田氏は、落ちついてしみじみ言い、「いまどき、あんないい気性の子は、めったにありませんですよ。私たちのためにも、一生懸命つとめてくれましたからね。私たちが二階に泊って、午前二時でも三時でも眼がさめるとすぐ、下へ行って、トシちゃ・・・ 太宰治 「眉山」
・・・これに関してはかつて気象集誌に簡単な記事を載せておいた。 池の水の振動、いわゆるセイシについては、本多さんたちの調べた結果が、大学紀要の二十八巻の五に出ている。ブリキで作った小さな模型もあったはずである。この池の水の運動についてもまだ調・・・ 寺田寅彦 「池」
出典:青空文庫