・・・足が滑った拍子に気絶しておったので、全く溺れたのではなかったとみえる。 そして、なんとまあ、いつもの顔で踊っているのだ。―― 兄の話のあらましはこんなものだった。ちょうど近所の百姓家が昼寝の時だったので、自分がその時起きてゆかなけれ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・多分行き倒れか転んで気絶をしたかした若い女の人を二人の巡査が左右から腕を抱えて連れてゆく。往来の人が立留って見ていた。自分はその足で散髪屋へ入った。散髪屋は釜を壊していた。自分が洗ってくれと言ったので石鹸で洗っておきながら濡れた手拭で拭くだ・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・ やや行き過ぎて若者の一人、いつもながら源叔父の今宵の様はいかに、若き女あの顔を見なばそのまま気絶やせんと囁けば相手は、明朝あの松が枝に翁の足のさがれるを見出さんもしれずという、二人は身の毛のよだつを覚えて振向けば翁が門にはもはや燈火見・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・これが三十分も続いたら僕は気絶したろう。ところが間もなく、旦那はうめえなアと耳元で大声に叫んだ奴がある。 びっくりして振り向くと六十ばかりの老爺が腰を屈めて僕の肩越しにのぞき込んでいるんだ。僕はあまりのことに、何だびっくりしたじゃアない・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・鼠を見てさえ気絶の真似をする気障な女たちだ。女が、戦争の勝敗の鍵を握っている、というのは言い過ぎであろうか。私は戦争の将来に就いて楽観している。 太宰治 「作家の手帖」
・・・ 第十一回目のラウンドで、審判者はTKOの判定を下してベーアの勝利となったが、素人がこの映画を見ただけでは、どちらもまだ何度でも戦えそうに見え、最後に気絶して起きられなくなるようなところはこの映画では見られなかった。 とにかく体力と・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・に「戦士の亡骸が運び込まれたのを見ても彼女は気絶もせず泣きもしなかったので、侍女たちは、これでは公主の命が危ういと言った、その時九十歳の老乳母が戦士の子を連れて来てそっと彼女のひざに抱きのせた、すると、夏の夕立のように涙が降って来た」という・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・或は高き処から落ちて気絶したる者あらば酒か焼酎を呑ませ、又切疵ならば取敢えず消毒綿を以て縛り置く位にして、其外に余計の工夫は無用なり。或人が剃刀の疵に袂草を着けて血を止めたるは好けれども、其袂草の毒に感じて大患に罹りたることあり。畢竟無学の・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・その皺くちゃで灰いろの、大きな顔を見あげたとき、オツベルの犬は気絶した。さあ、オツベルは射ちだした。六連発のピストルさ。ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ところが弾丸は通らない。牙にあたればはねかえる。一疋な・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・ いちばん小さな子はもうあおむけになって気絶したようです。狐ははがみをしました。ホモイも思わず、 「シッシッ」と言って足を鳴らしました。その時、 「こらっ、何をする」と言う大きな声がして、狐がくるくると四遍ばかりまわって、やがて・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
出典:青空文庫