・・・ 役者の佐々木孝丸さんは、ペルリ上陸記念碑のある横須賀の久里浜に住んでいるが、すこぶる釣り好きで、よく私を誘った。このごろはどちらも忙しくなって、いっしょに釣りをする機会もなくなってしまったが、久里浜にも二、三回、行ったことがある。東京・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・しかしこの平民的な苗字が自分の中心を聳動して、過ぎ去った初恋の甘い記念を喚び起すことは争われない。 その時のピエエルは高等学校を卒業したばかりで、高慢なくせにはにかんだ、世慣れない青年であった。丈は不吊合に伸びていて、イギリス人の a ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・これが己の求める物に達する真直な道を見る事の出来ない時、厭な間道を探し損なった記念品だ。この十字架に掛けられていなさる耶蘇殿は定めて身に覚えがあろう。その疵のある象牙の足の下に身を倒して甘い焔を胸の中に受けようと思いながら、その胸は煖まる代・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ 面白やどの橋からも秋の不二 三島神社に詣でて昔し千句の連歌ありしことなど思い出だせば有り難さ身に入みて神殿の前に跪きしばし祈念をぞこらしける。 ぬかづけばひよ鳥なくやどこでやら 三島の旅舎に入りて一夜の宿りを請えば・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ 平和が齎されたとき、一つの文化的な記念として戦線から兵士たちが家郷に送った家信集が、是非収録出版されるべきである。今日、所謂高級ではない雑誌に時々のせられているそれらの手紙は、実に読者をうつものをもっている。これらの飾らず、たくまざる・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・腰に帯びた刀は二尺四寸五分の正盛で、先祖島村弾正が尼崎で討死したとき、故郷に送った記念である。それに初陣の時拝領した兼光を差し添えた。門口には馬がいなないている。 手槍を取って庭に降り立つとき、数馬は草鞋の緒を男結びにして、余った緒を小・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 某は当時退隠相願い、隈本を引払い、当地へ罷越候えども、六丸殿の御事心に懸かり、せめては御元服遊ばされ候まで、よそながら御安泰を祈念致したく、不識不知あまたの幾月を相過し候。 然るところ去承応二年六丸殿は未だ十一歳におわしながら、越・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・ともかくもお互の間に愉快な、わだかまりの無い記念だけは残っていると云うものでございますね。二人は惚れ合っていました。キスをしました。厭きました。そこでおさらばと云うわけでございますからね。 男。いかにもおっしゃる通りです。 女。そこ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・門出の時、世良田の刀禰が和女にこを残して再会の記念となされたろうよ。それを見たらよしない、女々しい心は、刀禰に対して出されまい。和女とて一わたりは武芸をも習うたのに、近くは伊賀局なんどを亀鑑となされよ。人の噂にはいろいろの詐偽もまじわるもの・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・日曜日になりまして、お寺の鐘が響きますと、昔の記念のような心持が致します。その日には昔からの知合の善い人達がわたくしの部屋の戸を叩きに参るのでございます。その人達はお寺へ参るような風で、わたくしの所へ参りますの。曠着を着まして、足を爪立てま・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫