・・・そして、それは、また音楽について、教養あるがために、自然の声から、神秘を聞き取るという訳ではないのだ。 たゞ、どこにでもあるであろう、いゝ音色は、同じく、無条件に、人間の魂を捕えずに置かないというにしか過ぎない。 野蛮人は、殊に、音・・・ 小川未明 「名もなき草」
・・・ 金さんはそれじゃ船ぐるみ吹き流されるか、それとも沖中で沈んでしまって、今ごろは魚の餌食になっておいでだろうとそう思ってね、私ゃ弔供養をしないばかりでいたんだよ。本当にまあ、それでもよく無事で帰っておいでだったね」 男はこの時気のついた・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「……教養なんか、ちょっともあれしませんの。これが私の夫ですというて、ひとに紹介も出来しませんわ。字ひとつ書かしても、そらもう情けないくらいですわ。ちょっとも知性が感じられしませんの。ほんまに、男の方て、筆蹟をみたらいっぺんにその人がわ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・われわれが過去の日本の文学から受けた教養は、過不足なき描写とは小林秀雄のいわゆる「見ようとしないで見ている眼」の秩序であると、われわれに教える。「見ようとしないで見ている眼」が「即かず離れず」の手で書いたものが、過不足なき描写だと、教える。・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・おれがいやかと訊くと、教養のない男はいやだと言って触れさせない。それでも三年後には娘が生れたのだから、全然そんなことはなかったわけではないが、そんな時細君の体は石のように固く、氷のように冷たく、ああ浅ましい、なぜ女はこんな辛抱をしなければな・・・ 織田作之助 「世相」
・・・このような文学こそ、新しい近代小説への道に努力せんとしている僕らのジェネレーションを刺戟するもので、よしんば僕らがもっている日本的な文学教養は志賀さんや秋声の文学の方をサルトルよりも気品高しとするにせよ、僕はやはりサルトルをみなさんにすすめ・・・ 織田作之助 「猫と杓子について」
・・・行李の中には私たち共用の空気銃、Fが手製の弓を引くため買ってきた二本の矢、夏じゅう寺内のK院の古池で鮒を釣って遊んだ継ぎ竿、腰にさげるようにできたテグスや針など入れる箱――そういったものなど詰められるのを、さすがに淋しい気持で眺めやった。妻・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・それから後に残った人たちだけ最初の席に返って、今度は百カ日の供養のお経を読んでもらった。それからまた、ちょうどパラパラ落ちてきた雨の中を、墓まで往復した。これで百カ日の法事まですっかりすんだというわけであった。「その代り三年忌には、どう・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・その青春時代学芸と教養とに発足する時期において、倫理的要求が旺盛であるか否かということはその人の一生の人格の質と品等とを決定する重大な契機である。倫理的なるものに反抗し、否定するアンチモラールはまだいい。それはなお倫理的関心の領域にいるから・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 天地の大道に則した善き人間となりたいという願い、『教養と倫理学』――の中に私が書いたような青春のなくてならぬもひとつの要請と、やむにやまれぬこの恋のあくがれとを一つに燃えさしめよ。 善によって女性の美を求め、女性の美によって善を豊・・・ 倉田百三 「学生と生活」
出典:青空文庫