・・・生田花世氏がここへ来て、あんたはよいところでお死にになったと夫の遺骸に対して云ったと、私が詩碑の傍に立って西の方へ遠く突き出ている新緑の岬や、福部島や、近海航路の汽船が通っている海に見入っていると、丘の畑へ軽子を背負ってあがって行く話ずきら・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・素人ながらに、近海物と、そうでない魚とを見分けることの出来るお三輪は、今陸へ揚ったばかりのような黒く濃い斑紋のある鮎並、口の大きく鱗の細い鱸なぞを眺めるさえめずらしく思った。庖丁をとぐ音、煮物揚物の用意をする音はお三輪の周囲に起って、震災後・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・東京近海にもたくさんいる。ただ、周防灘の姫島付近の河豚が一等味がよく、いわゆる下関河豚の本場となっている。(因 私は北九州若松港に生まれて育ったので、小さいときから海には親しんだ。泳ぎも釣りも好きだった。その釣りの初歩のころ、やたらに河・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・知識階級が、それをのむことが出来、それでかしぐことのできるただの水であった、というのが真実なら、むしろこんにちの日本のまじめな人たちは、それを欣快と思うだろう。ジャーナリズムの一九四九年型花形には青酸っぽい現象が少なからずあるのだから。・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
出典:青空文庫