秀吉金冠を戴きたりといえども五右衛門四天を着けたりといえども猿か友市生れた時は同じ乳呑児なり太閤たると大盗たると聾が聞かば音は異るまじきも変るは塵の世の虫けらどもが栄枯窮達一度が末代とは阿房陀羅経もまたこれを説けりお噺は山・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・それでも名所をあるきまわって、はちまん様のまえで、飴を買って食べましたが、私、そのとき右の奥歯の金冠二本をだめにしてしまって、いまでもそのままにして放って置いてあるのですが、時々、しくしくいたみます。 ――ふっと思い出したが、ヴェルレエ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・とか、それからこれはまだ一部しか見ていないが入沢医学博士の近刊随筆集など、いずれも科学者でなければ書けなくて、そうして世人を啓発しその生活の上に何かしら新しい光明を投げるようなものを多分に含んでいる。それから、自分の知っている狭い範囲内でも・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・このような珍しい現象の記録をそれが消えない今のうちに収集しておくのは、切手やマッチのレッテルの収集よりは有意義であろうと思っていたが、近刊の板垣鷹穂氏著「芸術的現代の諸相」の中に、このような収集の一部が発表されているのを見てなるほどと思うの・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・継ぎ歯、金冠、ブリッジなどといったような数々の工事にはずいぶんめんどうな手数がかかった。抜歯も何本か必要であったが、昔とちがってコカインのおかげでたいした痛みはなかった。ただし、左の下あごの犬歯の根だけ残っていたのが容易に抜けないので、がん・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・そして近刊の天文の雑誌を調べてみるとそれが火星だという事がすぐに判った。星座図を出して来てあたってみるとそれは処女宮の一等星スピカの少し東に居るという事がわかった。それでその図の上に鉛筆で現在の位置をしるし、その脇へ日附をかいておいて、この・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・と題する所説と、それを序編とする同氏の近刊著書「風土」における最も独創的な全機的自然観を参照されたい。自分の上述の所説の中には和辻氏の従来すでに発表された自然と人間との関係についての多くの所論に影響されたと思われる点が少なくない。また友人小・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 二 近刊の雑誌「東炎」に志田素楓氏が、芭蕉の古池の句の外国語訳を多数に収集紹介している。これははなはだ興味の深いコレクションである。そのうちで日本人の訳者五名の名前を見るといずれも英語にはすこぶる熟達した人らしく思・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・頭に戴ける金冠の、美しき髪を滑りてか、からりと馬の鼻を掠めて砕くるばかりに石の上に落つる。 槍の穂先に冠をかけて、窓近く差し出したる時、ランスロットとギニヴィアの視線がはたと行き合う。「忌まわしき冠よ」と女は受けとりながらいう。「さらば・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・夜の来た硝子の窓には背に燈火を負う私の姿が万年筆の金冠のみを燦然と閃かせ未生の夢に包まれたようにくろく 静かに 写って居る。 *ああ、海! 海広い懐の大海お前の際限ない胸を張れ!濤をあ・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
出典:青空文庫