・・・が、彼等の菩提を弔っている兵衛の心を酌む事なぞは、二人とも全然忘却していた。 平太郎の命日は、一日毎に近づいて来た。二人は妬刃を合せながら、心静にその日を待った。今はもう敵打は、成否の問題ではなくなっていた。すべての懸案はただその日、た・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・水を汲む。薪を割る。飯を炊く。拭き掃除をする。おまけに医者が外へ出る時は、薬箱を背負って伴をする。――その上給金は一文でも、くれと云った事がないのですから、このくらい重宝な奉公人は、日本中探してもありますまい。 が、とうとう二十年たつと・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・――と思うか思わない内に、妻は竹の落葉の上へ、ただ一蹴りに蹴倒された、(再盗人は静かに両腕を組むと、おれの姿へ眼をやった。「あの女はどうするつもりだ? 殺すか、それとも助けてやるか? 返事はただ頷けば好い。殺すか?」――おれはこの言葉だけで・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・ ……ここに、信也氏のために、きつけの水を汲むべく、屋根の雪の天水桶を志して、環海ビルジングを上りつつある、つぶし餡のお妻が、さてもその後、黄粉か、胡麻か、いろが出来て、日光へ駆落ちした。およそ、獅子大じんに牡丹餅をくわせた姉さんなるも・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 羽織の袖口両方が、胸にぐいと上るように両腕を組むと、身体に勢を入れて、つかつかと足を運んだ。 軒から直ぐに土間へ入って、横向きに店の戸を開けながら、「御免なさいよ。」「はいはい。」 と軽い返事で、身軽にちょこちょこと茶・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・そりゃ、しゃくるぞ、水汲むぞ、べっかっこだ。小児等の糸を引いて駈るがままに、ふらふらと舞台を飛廻り、やがて、樹根にどうとなりて、切なき呼吸つく。暮色到る。小児三 凧は切れちゃった。小児一 暗くなった。――ちょうど可い・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・あと三個も、補助席二脚へ揉合って乗ると斉しく、肩を組む、頬を合わせる、耳を引張る、真赤な洲浜形に、鳥打帽を押合って騒いでいたから。 戒は顕われ、しつけは見えた。いまその一弾指のもとに、子供等は、ひっそりとして、エンジンの音立処に高く響く・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 向うには、旦那の熊沢が、上下大島の金鎖、あの大々したので、ドカリと胡坐を組むのであろう。「お留守ですか。」 宗吉が何となく甘谷に言った。ここにも見えず、湯に行った中にも居なかった。その熊沢を訊いたのである。 縁側の片隅で、・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・が、まだいくらほどの時も経たぬと見えて、人の来て汲むものも、菜を洗うものもなかったのである。 ほかほかとおなじ日向に、藤豆の花が目を円く渠を見た。……あの草履を嬲ったのが羨しい……赤蜻蛉が笑っている。「見せようか。」 仰向けに、・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・省作は六尺大の男がおはまと組むは情けないという。それじゃ五百でも六百でも刈ってくれと姉が冷笑する。おはまはまた省さんが五百刈ればわたしだって五百刈るという。おはまはなんでもかでも今日は省さんを負かして何か買ってもらうんだという。「おれが・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
出典:青空文庫