・・・ ある日のことでした、私は六蔵の新しい墓におまいりするつもりで城山の北にある墓地にゆきますと、母親が先に来ていてしきりと墓のまわりをぐるぐる回りながら、何かひとりごとを言っている様子です。私の近づくのを少しも知らないと見えて、「なん・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・吹矢の筒に紙の小さい片を入れて吹いて見玉え、その紙は必らずぐるぐる回りながら飛出すよ。水の中に石を落して見玉え、これもぐるぐるまわりながら沈むよ。穴から水を出して見玉え、その水はきっとねじれて出るよ。これも螺線サ。矢は螺線になッて飛ぶから真・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・ 今自分は、その蛇が皿を巻いたような丘の小道をぐるぐると下りて行く。一曲りずつ下りるにつれて、女の歌っているのがおいおいに鮮かに聞き取れる。「ねんねしなされ、おやすみなされ。鶏がないたら起きなされ」と歌う。艶やかな声である。「お・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・感じ、お皿を取落すほど淋しく、思わず溜息をついて、すこし伸びあがってお勝手の格子窓から外を見ますと、かぼちゃの蔓のうねりくねってからみついている生垣に沿った小路を夫が、洗いざらしの白浴衣に細い兵古帯をぐるぐる巻きにして、夏の夕闇に浮いてふわ・・・ 太宰治 「おさん」
・・・白のカシミヤの手袋を用い、厳寒の候には、白い絹のショオルをぐるぐる頸に巻きつけました。凍え死すとも、厚ぼったい毛糸の類は用いぬ覚悟の様でした。けれども、この外套は、友だちに笑われました。大きい襟を指さして、よだれかけみたいだね、失敗だね、大・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・いくらはやりっ子のプレジアンでも、相手がいつも同じ相手役では、結局同じ穴のまわりをぐるぐる回ることになるであろう。 このあいだ見た蒲田映画「その夜の女」などでも日本映画としては相当進歩したものではあろうが、しかし配役があまりに定石的で、・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・また美しい五彩の花形模様のぐるぐる回りながら変化するものもあった。こんな幼稚なものでも当時の子供に与えた驚異の感じは、おそらくはラジオやトーキーが現代の少年に与えるものよりもあるいはむしろ数等大きかったであろう。一から見た十は十倍であるが、・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・医者へもゆけず、ぐるぐるにおしまいた繃帯に血が滲み出ているのが、黒い塀を越して来る外光に映し出されて、いやに眼頭のところで、チラチラするのである。 恩知らずの川村の畜生め! 餓鬼時分からの恩をも忘れちまいやがって、俺の頭を打ち割るなんて・・・ 徳永直 「眼」
・・・あたりは高座で噺家がしゃべる通り、ぐるぐるぐるぐる廻っていて、本所だか、深川だか、処は更に分らぬが、わたくしはとかくする中、何かにつまずきどしんと横倒れに転び、やっとの事娘に抱き起された。見ればおあつらい通りに下駄の鼻緒が切れている。道端に・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・瞽女はぐるぐるとマチを求めて村々をめぐる。太十の目には田の畔から垣根から庭からそうして柿の木にまで挂けらえた其稲の収穫を見るより瞽女の姿が幾ら嬉しいか知れないのである。瞽女といえば大抵盲目である。手引といって一人位は目明きも交る。彼らは手引・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫