・・・私はぐるっと海へ背をむけた。ここの海は浅く、飛びこんだところで、膝小僧をぬらすくらいのものであろう。私は、しくじりたくなかった。よしんばしくじっても、そのあと、そ知らぬふりのできるような賢明の方法を択ばなければ。未遂で人に見とがめられ、縄目・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・私は道が岩山をぐるっとめぐってついてあるのを了解した。おそらく、私はおなじ道を二度ほどめぐったにちがいない。私は島が思いのほかに小さいのを知った。 霧は次第にうすらぎ、山のいただきが私のすぐ額のうえにのしかかって見えだした。峯が三つ。ま・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・お濠をぐるっとめぐって、参謀本部のとこから、日比谷へ出て、それから新橋駅へ出て、赤羽は、その裏じゃないか。 ――そうですか、――じゃ、――ありがとう。 ――や、しっけい。また、あそびに来たまえ。そのうち、何か、うめ合せしよう、ね。・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ 赤え赤え煙こあ、もくらもくらと蛇体みたいに天さのぼっての、ふくれた、ゆららと流れた、のっそらと大浪うった、ぐるっぐるっと渦まえた、間もなくし、火の手あ、ののののと荒けなくなり、地ひびきたてたて山ばのぼり始めたずおん。山あ、てっぺら・・・ 太宰治 「葉」
・・・ 白い火山灰層のひとところが、平らに水で剥がされて、浅い幅の広い谷のようになっていましたが、その底に二つずつ蹄の痕のある大さ五寸ばかりの足あとが、幾つか続いたりぐるっとまわったり、大きいのや小さいのや、実にめちゃくちゃについているではあ・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・すると、とのさまがえるは立ちあがって、家をぐるっと一まわしまわしました。すると酒屋はたちまちカイロ団長の本宅にかわりました。つまり前には四角だったのが今度は六角形の家になったのですな。 さて、その日は暮れて、次の日になりました。お日さま・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・そこで一年生はあるき出し、まもなく二年生もあるき出してみんなの前をぐるっと通って、右手の下駄箱のある入り口にはいって行きました。四年生があるき出すとさっきの子も嘉助のあとへついて大威張りであるいて行きました。前へ行った子もときどきふりかえっ・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・向うの海が孔雀石いろと暗い藍いろと縞になっているその堺のあたりでどうもすきとおった風どもが波のために少しゆれながらぐるっと集って私からとって行ったきれぎれの語を丁度ぼろぼろになった地図を組み合せる時のように息をこらしてじっと見つめながらいろ・・・ 宮沢賢治 「サガレンと八月」
・・・土神は右手のこぶしをゆっくりぐるっとまわしました。すると木樵はだんだんぐるっと円くまわって歩いていましたがいよいよひどく周章てだしてまるではあはあはあはあしながら何べんも同じ所をまわり出しました。何でも早く谷地から遁げて出ようとするらしいの・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・博士は実に得意になってかかとで一つのびあがり手で円くぐるっと環を描きました。「その中の出来事はみな神の摂理である。総ては総てはみこころである。誠に畏き極みである。主の恵み讃うべく主のみこころは測るべからざる哉。われらこの美しき世界の中に・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫