・・・作者と作品との正常な関係は、作者の熱意と意企が、書こうとする対象に文学として明瞭な表現形式を与えようとする創作過程を、同時に、ある表現形式を与えようとする「作者の方法への自覚、反省、批判の契機において、対象がどのような現実として把握されてい・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・何故なら、科学性の客観的敗北は常にこの盲点を契機として行われ、しかもそれが敗北であることがどうしても自覚され得ないという危険をもっているからなのである。 科学者の随筆的随想 科学者の社会的関心が積極的になった一・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・ここに、社会主義的リアリズムの問題がわれわれの過去の活動の再検討を召致した契機が存在すると思います。「ラップ」の発展的解消、単一なソヴェト作家同盟組織委員会の結成、および創作方法における社会主義的リアリズムの問題の提起は、一部の人々によ・・・ 宮本百合子 「社会主義リアリズムの問題について」
・・・この事件を契機として日本では社会生活一般が一転廻した。昭和七年春、プロレタリア文学運動が自由を失って後、同八年運動としての形を全く失うに到った前後は、日本文学全般が一種異様の混乱に陥った。 例えば前に述べた新感覚派、新興芸術派などの場合・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・思想犯として刑期を終った出獄者を、そのあとまでもかためて住わせて思想善導をしようとして、本願寺が、この建物をこしらえた。国分寺の駅からよっぽど奥へ入った畑と丘の間の隔離された一郭として、これをこしらえた。十月十日、出獄した同志たちは、治安維・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・「その刑期を済ましたのかね。」「ええ。わたくしの約束した女房を附け廻していた船乗でした。」「そのお上さんになるはずの女はどうなったかね。」 エルリングは異様な手附きをして窓を指さした。その背後は海である。「行ってしまったので・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・この重大な契機は、思想が急激に発達した飛鳥寧楽時代においても失われなかった。天皇は、宇宙を支配せる「道」の代表者或いは象徴である。天平時代の詔勅にしばしば現われているごとく、天皇の位を充たされる個人としては、謙遜して「薄徳」と称せられたが、・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・そうしてそこに偶像礼拝の最後の契機があった。ある人は僧侶が製作する理由を、儀規に通ずるゆえと伝道の方便のゆえとに帰して説明したが、その種の理由は人をして芸術家たらしめるに何の効もあるまい。芸術家は、ただ知識と功利的目的とによってのみ製作欲を・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・すべての条件が最後の瞬間を導き出すように整然たる秩序の内に継起したようにも感じられた。そうして私は自分を鞭打った。私は自分の運命を愛しているつもりでいたが、しかし私はまだほんとうにヨブの心を解していないのだ。運命に対するあの絶対の信仰と感謝・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
・・・ これに気づいたのは私には一つの契機であった。私は自分の過去を恥じ、呪い、そうして捨てた。できるならば私はそれまでに書いたものをすべて人の記憶から消し去りたいとねがった。もう筆を取る勇気もなかった。私はその時に自己表現の情熱を中断された・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫