・・・ 私はたびたび留置場にいれられ、取調べの刑事が、私のおとなしすぎる態度に呆れて、「おめえみたいなブルジョアの坊ちゃんに革命なんて出来るものか。本当の革命は、おれたちがやるんだ。」と言った。 その言葉には妙な現実感があった。 のち・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・何か先生より啓示を得たいと思う。一つ御説明を願いたい。端的に。ダダイズムとは結局、何を意味するか。お願いします。草田舎の国民学校訓導より。―― 私は返事を出した。 ――拝復。貴翰拝読いたしました。ひとにものを尋ねる時には、も少してい・・・ 太宰治 「新郎」
・・・り、皆さん全部に、おわけすることもできず、先着順に、おしるしだけ金十銭也をいただいて、と急いで言い続けなければいけないところを、無代進呈するつもりであります、と言い切って、ふと客のほうを見ると、ひとり刑事らしい赤らがおの親爺が客のうしろで、・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・留守に何度も何度も刑事が来て、この部屋を掻きまわしていったそうだ。おばさんには、おれから、うまく言って置きました。まあ、お坐りなさい。」さちよの顔を笑ってそっと見上げ、「よかったね。よく、君は、無事で、――」涙ぐんでいた。 さちよは、机・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・正月の初めにもっと家賃の安い家を別な方面にさがして、遁げるようにして移転して行った。刑事の監視をのがれたいという腹もあった。出来るならば、この都会の群集と雑沓との中に巧みにまぎれ込んで了いたいと思った。しかしそれは矢張徒労であった。一週間と・・・ 田山花袋 「トコヨゴヨミ」
・・・その問題は型式的には刑事探偵が偶には出くわす問題とおなじようなものかと思われた。 問題を分析するとつぎのようになる。 問題。宅の近所のA家は新聞所載のA家と同一か。同一ならばその家の猫Bと、宅の庭で見かけた猫Cと同一か。そうだとすれ・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・掏摸に金をすられた肥った年増の顔、その密告によって疑いの目を見張る刑事の典型的な探偵づら、それからポーラを取られた意趣返しの機会をねらう悪漢フレッド、そういう顔が順々に現われるだけでそれをながめる観客は今までに起こって来た事件の行きさつを一・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・同じようなわけで、裁判所におけるいろいろな刑事裁判の忠実な筆記が時として、下手な小説よりもはるかに強く人性の真をうがって読む人の心を動かすことがあるのである。 これから考えると、あらゆる忠実な記録というものが文学の世界で占める地位、また・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・という本が出て、また別な文学の世界の存在を当時の青年に啓示した。一方では民友社で出していた「クロムウェル」「ジョン・ブライト」「リチャード・コブデン」といったような堅い伝記物も中学生の机上に見いだされるものであった。同時にまた「国民小説」「・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・学位のねうちは下がるほど国家の慶事である。紙屑のような論文でも沢山に出るうちには偶にはいいものも出るであろうと思われる。 金を貰って学位を売るのはよくないであろうが、これより幾層倍悪い事があるまじき処に行われている世の中である。しかし、・・・ 寺田寅彦 「学位について」
出典:青空文庫