・・・考えてみると、この先生と同じことをして無事に写真をとって帰って、生徒やその父兄たちに喜ばれた先生は何人あるかわからないし、この橋よりもっと弱い橋を架けて、そうしてその橋の堪えうる最大荷重についてなんの掲示もせずに通行人の自由に放任している町・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・獄門の晒首や迷子のしるべ、御触れの掲示などにもまたしばしば橋の袂が最もふさわしい地点であると考えられた。これは云うまでもなく、橋が多くの交通路の集合点であって一種の関門となっているからである。従ってあらゆる街路よりも交通の流れの密度が大きい・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・ これから思うと刑事巡査が正面の写真によって罪人を物色するような場合には、目前にいる横顔の当人を平気で見のがすプロバビリティもかなりにありそうだと思った。場合によっては抽象的な人相書きによったほうがかえって安全かもしれない。あるいはむし・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・競馬であてて喜び極まったところを刑事につかまったのが可哀相な浅岡である。刑事がここまで追跡する径路は甚だ不明であるが、つかまりさえすればそんなことはこの芝居にはどうでもよいので、これですっかり容疑者被告を造り上げる方の仕事が完成した訳である・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・の温雅で明媚な色彩はたしかに驚くべき発見であり啓示でなければならなかった。遠い美しい夢の天国が夕ばえの雲のかなたからさし招いているようなものであった。 当時の自分のこの「油絵」の貧しいコレクションの中には「シヨンの古城」があった。それか・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・ 午後九時から甲板で舞踏会を催すという掲示が出た。それに署名された船長の名前がいかめしく物々しく目についた。夕飯後からそろそろ準備が始まった。各国の国旗で通風管や巻き上げ器械などを包みかくし、手すりにも旗を掛け連ねた。赤、青、緑、いろい・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ある日の朝K市の中学校の掲示場の前におおぜいの生徒が集まって掲示板に現われた意外な告知を読んで若い小さな好奇心を動揺させていた。今度文学士何某という人が蓄音機を携えて来県し、きょう午後講堂でその実験と説明をするから生徒一同集合せよというので・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・一つにはこの泰西科学の進歩がもたらした驚異の実験が、私の子供の時から芽を出しかけていた科学一般に対する愛着の心に強い衝動を与えたためであろうが、そのほかにまだ何かしらある啓示を与えたものがあるためではないかと思っている。私は今でも事にふれて・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・たとえ胴中を枝の貫通した鳥の絵は富豪の床の間の掛物として工合が悪いかもしれぬが、そういう事を無視して絵を画く人が存在するという事実自身が一つの注目すべき啓示ではあるまいか。自分は少し見ているうちにこの種の非科学的な点はもうすっかり馴れてしま・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・ ずっと前に、週刊ロンドン・タイムスで、かの地の裁判所における刑事裁判の忠実な筆記が連載されているのを、時々読んでみたことがある。それはいかなる小説よりもおもしろく、いかなる修身書よりも身にしみ、またいかなる実用心理学教科書よりも人間の・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
出典:青空文庫