・・・ 聞くならくアーサー大王のギニヴィアを娶らんとして、心惑える折、居ながらに世の成行を知るマーリンは、首を掉りて慶事を肯んぜず。この女後に思わぬ人を慕う事あり、娶る君に悔あらん。とひたすらに諫めしとぞ。聞きたる時の我に罪なければ思わぬ人の・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・思うについては自分一人でやるより広く天下の人と共にやる方がわが文界の慶事であるから云うのである。今の評家はかほどの事を知らぬ訳ではあるまいから、御互にこう云う了見で過去を研究して、御互に得た結果を交換して自然と吾邦将来の批評の土台を築いたら・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・その歌は、おだまきの花には桐ノ舎ガ妻ヲ迎ヘシ三年前カキテ贈リシヲダマキノ花という歌、これは一昨年の春東宮の御慶事があった時に予が鉢植のおだまきを写生して碧梧桐に送り、そのまさに妻を迎えんとするを賀した事があるのを思い出したのである。・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ 次の朝早く私は実習を掲示する黒板にこう書いておきました。 八月八日農場実習 午前八時半より正午まで 除草、追肥 第一、七組 蕪菁播種 第三、四組 甘藍中耕 第五、六組 養蚕実・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・自分は阿弥陀仏の化身親鸞僧正によって啓示されたる本願寺派の信徒である。則ち私は一仏教徒として我が同朋たるビジテリアンの仏教徒諸氏に一語を寄せたい。この世界は苦である、この世界に行わるるものにして一として苦ならざるものない、ここはこれみな矛盾・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・わしはムムネ市の刑事だ。」 ネネムはそこでやっと安心してていねいにおじぎをして又町の方へ行きました。 丁度一時間と六分かかって、三ノット三チェーンを歩いたとき、ネネムは一人の百姓のおかみさんばけものと会いました。その人は遠くからいか・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・そして、刑事問題をおこしている。取締りにあたる人々が、問題となっている作品を全部よまないで、好奇的に語られている部分だけよんで、告訴しているといわれている。それが事実ならば取りしまる立場の人々、自身の卑猥さがそのことにあらわれている。問題が・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・なにか新しいものを啓示して、新しい情熱をふき入れてくれ。そういう他力本願の心理的要求が瀰漫している。 より年代の若い人々の間には、また別様の求望がある。社会進化の必然という原理については理性的に十分わかった。自身の生涯の道も、それに呼応・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・ 市ケ谷の刑事既決女囚は、昔、風呂に入って体を洗うのに、ソーダのとかし水を使わされていた。それが洗濯石鹸になった。同志丹野その他の前衛が入れられてから、そういう人々は、人間の体を洗うに洗濯石鹸という法があるかと、自分達の使う石鹸を風呂場・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・即ち行動主義は肉体と機械の発見によって、それらに作用されかつ反作用する個人の感性、智性、意欲の方向と状態を表現することによって近代的人性を啓示する。 小松清氏は、この行動主義文学の理論が多分にニイチェ的なものを含んでいることを承認してい・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
出典:青空文庫