・・・残月の光りに照らされた子供はまだ模糊とした血塊だった。が、その血塊は身震いをすると、突然人間のように大声を挙げた。「おのれ、もう三月待てば、父の讐をとってやるものを!」 声は水牛の吼えるように薄暗い野原中に響き渡った。同時にまた一痕・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・手術して二日目に、咽喉から血塊がいくらでも出た。前からの胸部の病気が、急に表面にあらわれて来たのであった。私は、虫の息になった。医者にさえはっきり見放されたけれども、悪業の深い私は、少しずつ恢復して来た。一箇月たって腹部の傷口だけは癒着した・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・万一にも大都市の水道貯水池の堤防でも決壊すれば市民がたちまち日々の飲用水に困るばかりでなく、氾濫する大量の流水の勢力は少なくも数村を微塵になぎ倒し、多数の犠牲者を出すであろう。水電の堰堤が破れても同様な犠牲を生じるばかりか、都市は暗やみにな・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・地震で家を破壊され、堤防決壊で人の流されることになれている日本の人民生活の自然に対して未開な抵抗力しかもっていない習慣で「復興」ということが妙に現実よりもたやすく想像されている傾きがある。東京の焼野原に果して何が復興しているだろう。少しは小・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
出典:青空文庫