・・・ 夫婦は互に子供のことを心配して話した。 血気壮んなものには静止していられないような陽気だった。高瀬はしばらく士族地への訪問も怠っていた。しかしその日は塾の同僚を訪うよりも、足の向くままに、好きな田圃道を歩き廻ろうとした。午後に、彼・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・人間三十前後は謂わば血気のさかりで、酒にも強い年頃ですが、しかし、あんなのは珍らしい。その晩も、どこかよそで、かなりやって来た様子なのに、それから私の家で、焼酎を立てつづけに十杯も飲み、まるでほとんど無口で、私ども夫婦が何かと話しかけても、・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・けれども、こんな日常倫理のうえの判り切った出鱈目を、知らぬ顔して踏襲して行くのが、また世の中のなつかしいところ、血気にはやってばかな真似をするなよ、と同宿のサラリイマンが私をいさめた。いや、と私は気を取り直して心のなかで呟く。ぼくは新しい倫・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・その時誰かの万年筆のインキがほんの少しばかり卓布を汚したのに対して、オーバーケルナーが五マルクとかの賠償金を請求した。血気な連中のうちの一人の江戸っ子が、「それじゃインキがどれだけ多くついてもやはり同じ事か」と聞いた。そうだという返答をたし・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・此の人は其後陸軍士官となり日清戦争の時、血気の戦死を遂げた位であったから、殺戮には天性の興味を持って居たのであろう。日頃田崎と仲のよくない御飯焚のお悦は、田舎出の迷信家で、顔の色を変えてまで、お狐さまを殺すはお家の為めに不吉である事を説き、・・・ 永井荷風 「狐」
・・・ 飯場の血気な労働者たちは、すっかり暗くなった吹雪の中で、屍体の首を無理にでも持ち上げようとする、子供たちを見て、誰も泣いた。――一九二七、三、三〇―― 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・が、深谷も安岡も、それを口に出して訴えるのには血気盛んに過ぎた。 それどころではない、深谷はできることならば、その部屋に一人でいたかった。もし許すならばその中学の寄宿舎全体に、たった一人でいたかった。 何かしら、人間ぎらいな、人を避・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・あるいは白面の書生もあらん、あるいは血気の少年もあらん。その成行決して安心すべからず。万々一もこの二流抱合の萌を現わすことあらば、文明の却歩は識者をまたずして知るべし。これすなわち禍の大なるものなり。国の文明を進めんとしてかえってこれを妨ぐ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・なおはなはだしきは、かの血気の少年軍人の如きは、ひたすら殺伐戦闘をもって快楽となし、つねに世の平安をいとうて騒乱多事を好むが如し。ゆえに平安の主義は、人類のこの一部分に行われて、他の一部分には通用すべからずとの問題あれども、この問題に答うる・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・況して小説戯作は往々人の情を刺すこと劇しくして、血気の春とも言う可き妙年女子の為めには先ず以て有害にこそあれば、文学の必要よりしていよ/\之を読まんとならば、其種類を選ぶこと大切なる可し。一 婦人の気品を維持することいよ/\大切なりとす・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫