・・・ それをまだ疵がすっかり癒着もしない内からかなり遠い大学から林町までの徒歩を許すと云う事は考えられない事であり又我々なら許されたとて容易に決行する勇気は持たなかったに違いない。 私共が一旦病気になって生き様と云う願望が激しく燃え上っ・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 文学における社会性の課題、政治と文学との関係を文学の立場からもっと明らかにしなければならないという必要は、日本の文学に新鮮な血行を与えるために一般的な必要となって来ている。 民主的な立場に立つ文学者は、裾をかかげて水中にふみ入った・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
・・・父は全く母の最後の希望を満すためにこの身分不相応の旅行を決行したのであった。息子夫婦と末の娘までをつれて行ったのは、すっかり健康の衰えている母がいつどこで最後の病床にたおれるかもしれない、その時子供らと離れているのは母にとってまことに苦痛で・・・ 宮本百合子 「母」
・・・けれども昨今、かなり屡々世上に伝えられる結婚生活の破綻と同時に起る種々な恋愛問題に対して、当事者から、周囲に到るまでのその決意決行、批判ある態度に於て、一指も指されないほど、厳かな絶対性を持っているだろうか。云うことを許されれば、自分はその・・・ 宮本百合子 「深く静に各自の路を見出せ」
・・・ ところで、この座談会では、多くの部分が婦人と職業との問題に費されたのであるが、私は本間氏が、娘さん達が独立して何か職業を持ちたいという心持はつよいが、さて自信をもって決行するところまでは行けないでいられる心持を評して、一般的に男はその・・・ 宮本百合子 「短い感想」
・・・某申候は、武具と香木との相違は某若輩ながら心得居る、泰勝院殿の御代に、蒲生殿申され候は、細川家には結構なる御道具あまた有之由なれば拝見に罷出ずべしとの事なり、さて約束せられし当日に相成り、蒲生殿参られ候に、泰勝院殿は甲冑刀剣弓鎗の類を陳ねて・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・わたくしは「結構」と御返事いたしました。窓硝子はがちゃがちゃ云う。車輸はがらがら云う。車全体はわたくしどもを目の廻るようにゆすっていました。ですから一しょう懸命に「けっこう、けーっーこーう」とどならなくてはなりませんでした。まるで雄鶏が時を・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・これは前にも書いたことで今始めて書くことではないが、作品の上では、成功というような結構なものはありはしないと思っている。書く場合に書くことを頭に浮べて思うとき、いつも、これは自分にはどうしても書けるものではないと思う。しかし、もう一度考えて・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・五 その翌日、ナポレオンは何者の反対をも切り抜けて露西亜遠征の決行を発表した。この現象は、丁度彼がその前夜、彼自身の平民の腹の田虫をハプスブルグの娘に見せた失敗を、再び一時も早く取り返そうとしているかのように敏活であった。殊・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・志は結構であるが、それを有効に実現することができない。臣民として「なんの役にも立たぬ」ことを実行するよりは、「何か役に立つ」ことを実行する方が忠である。現下の険悪な世情は、政治家が聖勅に違背したことに基づく。というのは、天下万民をして「各々・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫