・・・蝋管記録の寿命はせいぜい千回ぐらいであるのに平円盤の原型の寿命はほとんど永久であると言ってもよい。それでたとえば現在のある国語の発音を記録しておいて百年千年万年の後のものと比較してその変遷を調べる事もできるので、実際そういう目的で保存されて・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・のはあるが、ピタゴラスという哲学者は実は架空の人物だとの説もあるそうで、いよいよ心細くなる次第であるが、しかしこのピタゴラスと豆の話は、現在のわれわれの周囲にも日常頻繁に起りつつある人間の悲劇や喜劇の原型であり雛形であるとも考えられなくはな・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
・・・しからばその価値は何によって規定さるるかと云えば、それは作者の能知が前に云った普遍絶対の原型に近似する程度にあると云われる。換言すればその詩を味わう読者各自の能知に内在する、その原型の模型にどれだけ照応するかの程度によって各評価者の価値判断・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・――その時はツルゲーネフに非常な尊敬をもってた時だから、ああいう大家の苦心の作を、私共の手にかけて滅茶々々にして了うのは相済まん訳だ、だから、とても精神は伝える事が出来んとしても、せめて形なと、原形のまま日本へ移したら、露語を読めぬ人も幾分・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・ 侵略戦争謀議者たちにたいする判決の結果について、減刑運動が許されている。きのうのNHKは、警視庁の役人をマイクに立たせて、減刑運動をとりしまる規則はないし、減刑運動の背後にある思想も言論の自由の立場からとりしまることができない。減刑運・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・あの白書のなかにかかれている文句を、数字に直し、それを原型として一枚の生活図をひいたらば、それは果して人間生活という肉体に合うようなものだろうか。 日本のあらゆる女性が手にもって暮して来た物指やテープをハトロン紙の上に走らせるばかりでな・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・等で武士道徳のしきたりよりも更に強い人間の生命への執着と生の力の強靭さというようなものをその原形において押し出している。風変りな俊寛は、鬼界ヶ島で鬼と化した謡曲文学の観念を吹きはらって、勇壮に鰤釣りを行い、耕作を行い、土人の娘を妻として子供・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 芸術鑑賞に即して主観的と云われる場合は、それが好きだから好き、というのが原型である。客観的と云うとき、自分の好ききらいを、自分の心から黙殺してかかるのではなくて、好ききらいははっきり掴んでいる上に自分のこの好きさ、このきらいさ、それは・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
二月号をひっくりかえして見ていて気になったことお耳にいれます。カットがまことに少く淋しいこと。題がどれも原形で文学にまでなっていない題であることなどです。これは次号予告を見ても強く感じました。文学雑誌は書く人も文学の空気を・・・ 宮本百合子 「気になったこと」
・・・それとともに何となし社会の息づかいが乾いていて、何か素朴な、原形のままの人間感情のやさしさや、しなやかさや弾力を感じとりたくて、案外のような人も本を買っている。購買力が高まり、読書する人の層が全く従来の範囲から溢れて来ていることも明白で、そ・・・ 宮本百合子 「女性の書く本」
出典:青空文庫