・・・僕はのちにこの椿事を幻灯か何かに映したのを見たこともあるように覚えている。 二三 ダアク一座 僕は当時回向院の境内にいろいろの見世物を見たものである。風船乗り、大蛇、鬼の首、なんとか言う西洋人が非常に高い桿の上からと・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・冬の短い地方ではどんな厳冬でも草もあれば花もある。人の生活にも或る華やかさがついてまわっている。けれども北海道の冬となると徹底的に冬だ。凡ての生命が不可能の少し手前まで追いこめられる程の冬だ。それが春に変ると一時に春になる。草のなかった処に・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・歓楽湧くが如き仮装の大舞踏会の幕が終ると、荒涼たる日比谷原頭悪鬼に追われる如く逃げる貴夫人の悲劇、今なら新派が人気を呼ぶフィルムのクライマックスの場面であった。 風説は風説を生じ、弁明は弁明を産み、数日間の新聞はこの噂の筆を絶たなかった・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・往復の船は舷灯の青色と赤色との位置で、往来が互に判るようにして漕いで居る。あかりをつけずに無法にやって来るものもないではない。俗にそれを「シンネコ」というが、実にシンネコでもって大きな船がニョッと横合から顔をつん出して来るやつには弱る、危険・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・「師走厳冬の夜半、はね起きて、しるせる。一、私は、下劣でない。二、私は、けれども、独りで創った。三、誰か見ている。四、『あたしも、すっかり貧乏してしまって、ね。』五、こんな筈ではなかった。六、蛇身清姫。七、『おまえをちらと見たのが不幸の・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・女がその歴史の意味をはっきりつかんで、体と心で厳冬をしのいでゆかなければならない。女が永い永い未来の見とおしと自分たちの善意と理性への信頼を失わずに、炭がなければ体と体、心と心とをよせあつめて、若い働く女性の誇りに生き、明日を生み出してゆか・・・ 宮本百合子 「働く婦人の新しい年」
・・・或る厳冬、マクシムを誘ってこの義兄弟どもは池へ出かけ、スケートと見せかけて、氷の裂け目からマクシムを水の中へ突落した。マクシムは氷のふちへ手をかけて浮き上ろうとする。ミハイロとヤーコブとは、ここぞとばかりその手の指を踵で踏みたくる。 マ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ ――モスクワのどの店頭にだって、Xマス売出しはない。 厳冬で、真白い雪だ。家々の煙出しは白樺薪の濃い煙を吐き出している。赤と白とに塗った古い大教会のあるアルバート広場へ行ったら、雪を焚火のおきでよごして、門松売りのようにクリスマス・・・ 宮本百合子 「モスクワの姿」
出典:青空文庫