・・・アメリカと交歓ラジオ放送が行われている今日東北の農民は床の張ってない小屋に家畜とすんで地べたに藁をしいて生活している。徳川時代でも、地べた以下のところで生きていたのではないであろう。日本の農民生活は、原始的な状態のまま搾られとおして、今日こ・・・ 宮本百合子 「村からの娘」
・・・わからないということは、私どもにすらりと受けとられるし、一種の好感も覚える。けれども、わからないならわからないとして、どこまでも自分として納得できるまでわからないで通しているかといえばそうではなくて、半面ではごく常識的な結婚の幸福とか生活の・・・ 宮本百合子 「山の彼方は」
・・・位を交換するのもある。黙って頤で会釈するのもある。どの顔も蒼ざめた、元気のない顔である。それもそのはずである。一月に一度位ずつ病気をしないものはない。それをしないのは木村だけである。 木村は「非常持出」と書いた札の張ってある、煤色によご・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・もし出来得ることであるならば、彼はこのとき、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトの荘厳な肉体の価値のために、彼の伊太利と腹の田虫とを交換したかも知れなかった。こうして森厳な伝統の娘、ハプスブルグのルイザを妻としたコルシカ島の平民ナポレオンは、・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・茸狩りを始めた子供にとっては、彼の目ざす茸がどれほどの使用価値や交換価値を持つかは、全然問題でない。彼にはただ「探求に価する物」が与えられた。そうして子供は一切を忘れて、この探求に自己を没入するのである。松林の下草の具合、土の感じ、灌木の形・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
出典:青空文庫